平成22年09月10日損害賠償請求事件

最二判平成22年09月10日


<事案>
本件は、茨木市長が平成7年度から同16年度にかけて各年度の6月及び12月に同市の臨時的任用職員に対し一時金(期末手当)を支給したことが違法な公金の支出に当たるとして、同市の住民らが、同市に対し、同法242条の2第1項4号に基づき、その支給当時の市長に損害賠償の請求をするように求めた事案です。


<争点>
1 非常勤の職員に期末手当を支給することについて
地方自治法上違法
 地方自治法上、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかなければ、非常勤の職員(旧203条第一項、現203条の2第一項)、常勤の職員(204条第一項)に支給できないとされています(204条の2)。
 ところが、期末手当の支給について常勤の職員、議会の議員については規定がありますが(204条1項、2項、203条4項)、非常勤の職員については規定がない(旧203条1項3項、現203条の2第1項3項)という条文構造から非常勤の職員に期末手当を支給することは違法とされています。


2 本件臨時的任用職員は、常勤の職員にあたるか
原審:週3日以上勤務するというだけでは常勤の職員にあたらない。
最高裁:原審是認
 非常勤の職員に対する期末手当の支給は違法であるので、臨時的任用職員に対する期末手当が適法であるとするには、同職員を常勤と評価するほかなく、最高裁は、鄯勤務に要する時間に照らして、勤務が通常の勤務形態の正規職員に準じるものとして常勤と評価できる程度のもので、かつ、支給される手当の性質からみて、鄱職務の内容及びその勤務を継続する期間等の諸事情にかんがみ、その支給の決定が合理的な裁量の範囲内であるといえることを要するとしました。
 結論として週3日程度では、常勤と評価できないとして違法としました。


3 条例に手当の支給額を定めないまま一時金の支給をしたことについて
原審:地方自治法上違法
最高裁:原審是認
 地方自治法は、常勤の職員であると非常勤の職員であるとを問わず、その給与の額及び支給方法を条例で定めなければならないと規定している(旧203条5項、現203条4項、現203条の2第4項、204条3項)。
 この規定の趣旨は、地方公務員の給与に対する民主的統制を図ること、地方公務員の給与を条例によって保障することである。
 よって、条例で定めないことは許されないとしました。
 

4 臨時的任用職員に対する期末手当の支給額等の定めを規則に委ねたことについて
原審:地方自治法上違法
最高裁:原審是認
 前記地方自治法の規定の趣旨から、規則への委任については、条例で一定の細則的事項を規則等に委任することは許され得るが基本的事項を規則等に委任することは許されない。
 臨時的任用職員については、あらかじめ条例で定め難いことも考えられるが、法の趣旨からすると、少なくとも、給与の額等を定めるに当たって依拠すべき一般的基準等の基本的事項は、可能な限り条例において定められるべきである。
 したがって、手当の額及び支給方法又はそれらに係る基本的事項について条例に定めのないまま行われた本件一時金の支給は、違法であるとしました。


5 本件期末手当を支給した市長の過失
原審:本件一時金の支給は、旧条例下で条例の根拠を欠いてなさたものであり、当時の市長はその違法を容易に知り得たのだから、支給にかかる決済をしたことにつき過失がある。
最高裁:過失はない。 
 本件支給当時、手当の支給について、勤職員と非常勤職員の区別の基準を直接読み取れる具体的な法令の定め、行政実例又は裁判例があったとはうかがわれず、本判決の解釈を採るべきであるとの認識が一般に実務において共有されていたともうかがわれない。
 このような事情に照らすと、当時の市長が、勤務日数週3日程度の臨時的任用職員への一時金を支給することの適法性について調査をしなかったことが注意義務に違反するとか法の要件を満たすものでないことを容易に知り得たとはいい難い。
 国家公務員の場合、各庁の長が、予算の範囲内で非常勤の職員の給与を支給するものと定められていること(一般職の職員の給与に関する法律22条2項)、昭和36年回答は、明示的に回答しておらず、許容する趣旨の回答であると解する余地もあること、平成19年4月25日の時点における大阪府及び同府内の各市における規定の状況。
 これらの事情に照らし、当時の市長が旧条例の定めの適法性について調査をしなかったことがその注意義務に違反するものとまではいえず、これを支給することが同法の上記規定に反するものであることを容易に知り得たとはいい難い。
 として、当時の市長の過失を否定しました。


<裁判官千葉勝美の補足意見>
 同補足意見は、臨時的任用職員の実態を述べ、常勤とまで評価できないが勤務時間や期間が長い者がおり、生活給的な手当てを支給する必要性があることに理解を示しつつも、地方自治法の規定から、適法に支給するためには、当該職員の勤務実態を常勤と評価されるようなものに改め、これを恒常的に任用する必要があるときには、正規職員として任命替えを行う方向での法的、行政的手当を執るべきであろうと述べています。
 また、給与の額及び支給方法又はそれにかかる基本的事項について条例で定めるべきことが要請されていることから(204条の2等)、臨時に生じた事務に係るものであっても、少なくとも給与の額等を定める際の一般的基準等の基本事項は条例に盛り込む必要があり、これらの対応のためには、当該地方公共団体の人的体制・定員管理の在り方や人件費の額等についての全体的な検討を余儀なくされる場面も生じようと述べています。


 これについては、各自治体においても条例の点検が必要になるでしょう。どの程度盛り込めばよいかは難しい問題でしょうが、少なくとも過去の臨時職員の運用について類型化し、常勤職員の職務形態・給与なども参考にしつつ一般的な基準を作る作業は必要になると思います。
 今回の判例以降も条例を改正しない場合には、過失が認められる可能性が高くなり、市長が損害賠償責任を追及される可能性が一段と高くなるでしょう。


 同補足意見も、「本判決の言渡し後は、臨時的任用職員に対する手当等の支給については、地方自治法204条2項及び同法204条の2の要件との関係で、その適法性の有無を早急に調査すべきである。」と述べています。
 さらに、「漫然と条例を改正しないまま手当等の支給を続けるときには、当該地方公共団体の長は、違法な手当等の支給について過失があるとして損害賠償責任が追及されることにもなろう。」と述べ、「条例改正のために要する合理的な期間を徒過してもなお条例の改正がされず、違法な支給を継続する場合には、もはや過失がないとはいい難く、今後の司法判断において、厳しい見解が示される可能性があることを留意すべきである。」と述べています。



○ 地方自治法
旧203条 普通地方公共団体は、その議会の議員、委員会の委員、非常勤の監査委員その他の委員、自治紛争処理委員、審査会、審議会及び調査会等の委員その他の構成員、専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員(短時間勤務職員を除く。)に対し、報酬を支給しなければならない。
2 前項の職員の中議会の議員以外の者に対する報酬は、その勤務日数に応じてこれを支給する。但し、条例で特別の定めをした場合は、この限りでない。
3 第一項のものは、職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる。
4 普通地方公共団体は、条例で、その議会の議員に対し、期末手当を支給することができる。
5 報酬、費用弁償及び期末手当の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。

現203条 普通地方公共団体は、その議会の議員に対し、議員報酬を支給しなければならない。
2 普通地方公共団体の議会の議員は、職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる。
3 普通地方公共団体は、条例で、その議会の議員に対し、期末手当を支給することができる。
4 議員報酬、費用弁償及び期末手当の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。


203条の2 普通地方公共団体は、その委員会の委員、非常勤の監査委員その他の委員、自治紛争処理委員、審査会、審議会及び調査会等の委員その他の構成員、専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員(短時間勤務職員を除く。)に対し、報酬を支給しなければならない。
2 前項の職員に対する報酬は、その勤務日数に応じてこれを支給する。ただし、条例で特別の定めをした場合は、この限りでない。
3 第一項の職員は、職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる。
4 報酬及び費用弁償の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。

204条 普通地方公共団体は、普通地方公共団体の長及びその補助機関たる常勤の職員、委員会の常勤の委員、常勤の監査委員、議会の事務局長又は書記長、書記その他の常勤の職員、委員会の事務局長若しくは書記長、委員の事務局長又は委員会若しくは委員の事務を補助する書記その他の常勤の職員その他普通地方公共団体の常勤の職員並びに短時間勤務職員に対し、給料及び旅費を支給しなければならない。
2 普通地方公共団体は、条例で、前項の職員に対し、扶養手当、地域手当、住居手当、初任給調整手当、通勤手当、単身赴任手当、特殊勤務手当、特地勤務手当(これに準ずる手当を含む。)、へき地手当(これに準ずる手当を含む。)、時間外勤務手当、宿日直手当、管理職員特別勤務手当、夜間勤務手当、休日勤務手当、管理職手当、期末手当、勤勉手当、寒冷地手当、特定任期付職員業績手当、任期付研究員業績手当、義務教育等教員特別手当、定時制通信教育手当、産業教育手当、農林漁業普及指導手当、災害派遣手当(武力攻撃災害等派遣手当を含む。)又は退職手当を支給することができる。
3 給料、手当及び旅費の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。

204条の2  普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには、これをその議会の議員、第二百三条の二第一項の職員及び前条第一項の職員に支給することができない。


○ 茨木市例規
一般職の職員の給与に関する条例には、本件一時金の支給当時、臨時的任用職員の給与についての定めは置かれていなかった。
本訴提起後の平成17年11月、臨時的任用職員の給与に関する規定の新設を内容とする前記一般職の職員の給与に関する条例の改正を行い、新条例は同年12月1日から施行された。
新条例においては、?臨時的任用職員の賃金は、日給又は時間給とし、日額1万3000円又は時間額1730円の範囲内において、規則で定める基準に従い任命権者が別に定める(36条1項本文)、?臨時的任用職員のうち規則で定める者については、規則で定める通勤手当相当分及び期末手当相当分の賃金を支給することができる(同条2項)、?新条例の施行日の前日までに臨時的任用職員に支給された賃金(通勤手当相当分及び期末手当相当分を含む。)は、新条例及びこれに基づく規則の相当規定に基づき支給された賃金とみなす(附則4項)等の規定が設けられた。
また、新条例を受けて制定された臨時的任用職員に関する規則においては、新条例に定められた期末手当相当分の賃金の支給額-及び支給要件につき、本件一時金の支給に係る従前の運用におけるものと同じ内容の規定が置かれた。


○ 昭和36年回答
昭和36年5月5日自治丁公発第47号高知県総務部長あて公務員課長回答「臨時職員の給与の取り扱いについて」
照会事項:一般職の職員の給与に関する条例中に「臨時職員の給与については、この条例の規定にかかわらず予算の範囲内で任命権者が別に定める」と規定するのは、地方公務員法24条6項の規定に違反するか否か
回答:地方公務員法第22条の規定に基づく臨時的任用職員の給与については、他の職員と同様に給与に関する条例を適用すべきものであるが、同条例中に特別の定をして差支えないものと解する。」

平成22年09月09日損害賠償等請求本訴,同反訴事件

最一判平成22年09月09日


<事案>
ある土地の転借人が、その土地の上に所有する転借人の建物に根抵当権を設定しました。
その際、土地所有者と土地の賃借人(つまり転貸人)は、根抵当権者に対して、転借人が地代を支払わないなど借地権が消滅する恐れのある事実が生じた場合は、根抵当権者に通知して、借地権の保全に努める義務を負うという趣旨の念書を交わしました。
 ところが、土地所有者と土地の賃借人は、転借人の地代不払いを通知せず、転貸借契約は解除されて、建物も収去され根抵当権も消えてしまいました。
 そこで、根抵当権者が、念書で交わした約束違反を理由に土地所有者と土地賃借人に債務不履行塔の損害賠償を支払えと訴えた事件です。


主な争点は、この念書によって土地所有者と土地賃借人が法的な義務を負うのか否かです。


原審は,この念書により地代不払いを転貸借契約の解除までに根抵当権者に通知する義務を負うとし、1500万円の請求のうち980万円を損害額とした上で、8割の過失相殺をして、196万円の請求を認めました。


<判旨>
最高裁は、本件念書に、前記事前通知の内容が明記されていて、所有者と土地賃借人は、念書の内容を事前に十分に検討できる機会があって署名押印又は記名押印をしたのだから、同人らは条項の趣旨を理解していた。だから、本件念書を差し入れることで、前記義務を負い、損害賠償請求が信義則に反する場合を別として、この義務の不履行によって根抵当権者が負った損害を賠償する責任を負うとしました。
 なお、所有者と土地賃借人が、本件念書の内容、効力等につき根抵当権者から直接説明を受けてなく、本件念書の差入れについて根抵当権者から対価の支払を受けていなくても同じとしました。
また、賃借人が不動産賃貸借会社であることや本件念書を差し入れるに至った経緯、賃借人が本件転貸借契約を解除するに至った経緯等諸般の事情にかんがみると、損害賠償を請求することが信義則に反し許されないとまではいえないとして、原審の判断を相当としました。

本件念書にある事前通知条項による通知義務を法的義務とすることは、借地権付建物の担保取引の実情に即し相当であるが、土地所有者に長期に対価もなく法的に拘束することが実質的に公平でなく不合理ではないかということについて補足されています。


これについて、賃借人の賃料滞納の際、土地賃貸人が抵当権者に通知すれば、滞納分を抵当権者が代払いしてくれる可能性が高く、通知しないで賃貸借契約解除し、建物収去の争訟をすると相当期間賃料収入を失うばかりか、建物取壊費用を負担しなければならなくなることもある。経済的合理性に反してまで賃貸借契約を終了させようとする事例では、賃借人との通謀が疑われる場合もあるが、新規賃借希望者がいてこれと新たに賃貸借契約を締結したいという意図を有している場合が少なくない。
借地人が地上建物を建築する資金を金融機関から借り入れる場合、賃貸借契約締結の際に、借地人が金融機関から資金を借り入れるために必要な協力をすることが約定され、通常はその対価も権利金額等の設定において考慮されが、こうした協力をして、土地賃貸借契約の締結が円滑に実現することは,賃貸人にとっても有益である。
このようなことから、通知義務を法的義務としても賃貸人に均衡を失して不利になることは希であるとしました。


なお、今後は、金融機関においては、本件事案のように過失相殺があり得ることにも配慮し、債務者及び担保物について適切に管理するとともに、賃貸人に対し承諾文書に関し説明し、その写しを交付することなど賃貸人の理解に欠けるところがないよう実務を改めることが必要となろう。
 と釘を刺しています。
 本最高裁判例では、過失相殺の内容がわかりませんが、このようなことが考慮されたのではないかと推測されます。


 本件の詳しい事情は分かりませんが、所有者と土地賃借人が、さっさと建物を収去したい事情があったのか、はたまた、念書の写しが交付されなかったことから、念書の存在・内容を失念していたことも十分考えられます。後者の事態は、簡単に避けられるので注意するべきでしょう。なお、たまに片方の署名捺印しかない念書が交付されることがありますが、署名捺印がない方に不利な内容の念書の場合、例え両者に交付されていても、あとあと紛争になる恐れが大なので要注意です(実際にありました。)。
 ちなみに本件土地所有者は親子で、土地賃借人会社の代表者は土地所有者(親)でした。

東京高決平成22年1月26日判タ1319号270頁

移送申立却下決定に対する抗告事件

本件は、被告の消費者金融業者の使用する金銭消費貸借基本契約書等に以下の管轄合意の条項がありました。


「債権者の本社又は営業所所在地を管轄する裁判所を合意管轄裁判所とする」


そこで、原告ら(借り手側)は、被告に東京支店があることから、東京地方裁判所に訴訟を提起し、被告(業者側!)が管轄を争ったところ原審は、管轄を認める決定をしたことから、被告が東京高裁に抗告したという事案です。


1 合意管轄条項の有効、無効
まず、このような合意管轄条項は無効なのでしょうか?


「乙の本社または乙の選択する裁判所」を管轄裁判所とする条項が存する自動車リース契約について、


東京地決平成15年12月5日判タ1144号283頁は、


「本件管轄合意条項は,(「乙の本社」という点を除けば,)原告において訴訟を提起する裁判所を一方的に任意に選択し得る趣旨になっているが,このような恣意的な規定は,一般的に相手方の実質的な防御の機会を一方的に奪うものであり,管轄の合意としては,無効と解すべきである。
 仮に,本件管轄合意条項を限定的に有効に解するとすれば,リース契約について紛争が生じた場合には,本社又は当該リース契約の締結を担当した支店(登記の有無にかかわらない。)若しくは営業所(代理店,特約店等を含む。)の所在地を管轄裁判所とする旨の合意と解するのが相当である。」
と判示して、東京地方裁判所には管轄がないとし、原告の住所地を管轄する岡山地方裁判所倉敷支部へ民訴法16条1項により移送決定をしました。


これに対して、被告は、抗告をしましたが、東京高決平成16年2月3日判タ1152号283頁は、原決定と同様の決定をしました。


「仮に」が気になりますが、一方的な管轄合意の規定を無効と判断した決定になります。


「債権者の本支店の所在地を管轄する裁判所を管轄裁判所とする」管轄合意の条項について、横浜地決平成15年7月7日判時1841号120頁は、


「被告(債務者)の無思慮急迫状況のもとにされた管轄の合意として無効というべきであるのみならず、本件管轄合意条項は、原告手形の支払地、振出地及び被告(債務者)の住所地いかんにかかわらず、原告が全国に散在する上記五〇箇所の本支店所在地を管轄するいずれかの裁判所を任意に一方的に選択して訴えを提起することを可能とする内容の管轄合意なのであって」、「それ自体、一般的に被告から実質的な防御の機会を一方的に奪うものとして管轄の合意としては無効と解すべきである。」


と判示しました。


本件はこれに近いと言えそうです。


そこで、被告は、本件管轄合意条項が無効であると主張して、日本全国に散らばる原告らの住所地を管轄する裁判所への移送を申し立てました。


これについて、本決定は、
「本件管轄合意条項は,必ずしも契約当事者の一方(特に抗告人)のみを利するものではない(条項作成者である抗告人においてのみ,訴訟を提起する裁判所を任意に選択し得るとするような恣意的な規定ではない。)から,当然に無効とするまでのことはなく,本件管轄合意条項の恣意的な運用による訴訟提起については,民事訴訟法17条による移送により十分に対応することができるものであり,基本事件のような共同訴訟については,共通の審理により,費用・時間・労力等の節減が図られる可能性があると認められるところ,この利点は,抗告人においても認められるところである。」
として、恣意的規定でないから無効ではないとしました。
無効でないとしても、全国各支店に合意管轄が認められるので、業者が恣意的に不便な支店に訴訟を提起しても民訴17条による移送により例えば顧客の住所地に近い支店の裁判所に移送するなどにより対応することができるということです(なお、適当な支店がない場合については、後述4の問題に絡んできます。)。


2 禁反言
本決定は、無効とするまでのことはないとする前に、「抗告人が自ら定めて取引の相手方をして合意させた本件管轄合意条項が無効であると主張することは禁反言の原則に反し許されない」としています。
これは、自らこのような条項を定めて合意させた張本人が、この合意の効力を否定、すなわち無効を主張すること自体許されないと言うことです。


3 消費者契約法10条
事案によっては、専属管轄の合意が消費者契約法10条により無効とされる可能性もあります。この条文が使えるか否かは注意するべきでしょう。
(第十条  民法 、商法 (明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。)


4 管轄合意が有効とされた場合の裁量移送
本件では、顧客側が管轄合意を利用していましたが、業者に一方的に有利な管轄合意がなされる場合もあり、かつ、一方的に任意に選択できるというわけではなく無効とまでは言えない場合もあります。


そのような場合には、民訴法17条による移送を申し立てることになります。


この場合、裁判例においては、業者側の負担(支店の所在、経済規模など)と顧客側の負担(費用負担、時間的負担、経済規模(零細企業かなど)など)、契約のなされた場所、人証予定者等立証手段の所在地などが考慮されています。


なお、争点整理が電話会議による弁論準備手続や書面による準備手続で可能であることは、移送が認められない方向に働きますが(東京高決平成12年3月17日金法1587号69頁参照)、電話会議では十分な争点整理が出来ない場合や、人証予定者の所在地が顧客所在地側にあるという事情などは、これを打ち消す方向に働くようです(大阪地決平成13年4月5日判タ1092号294頁参照)。

団体交渉権を根拠に経営者宅に押しかけるのは違法


団体交渉権だからと言って、何でも許されるわけではありません。


 近頃の不況で、倒産寸前のX社がありました。
 会社を畳むにあたり、従業員を全員解雇せざるを得ませんでした。
 ところが、あるとき、解雇した従業員Aさんが所属するY労働組合の構成員を名乗る者がAさんと共に、X社の社長さんの自宅に押しかけてきました。
 Y労働組合の構成員は、応対に出た社長さんに名刺を渡し、不当解雇だと社長さんに怒鳴りつけたあげく、「自宅前で街宣したりビラ配りしたりすることも出来るんだぞ。」と言い残して帰って行きました。社長さんは最初は冷静に対応していましたが、徐々に腹が立ってきて「やれるもんならやってみろ」と言い返してしまいました。


 さて、Y労働組合の構成員の言ったことは正しいのでしょうか。


 まず、労働者に労働基本権があることは、言うまでもないことで、そのうちの団体交渉権は、労働者の当然の権利です。
 しかし、いくら労働者の権利だからと言って、水戸黄門の印籠のごとく全ての権利に優越する絶対的なものなのでしょうか。
 過激な労働組合ですと、労働者=善、経営者=悪と決めつけ、労働者の権利を絶対的なものと考え、これを制約するものは全て不当なものと決めつけて行動する人たちもいます。
 確かに、労働基本権は重要です。
 しかし、経営者も経営者である前に、一人の個人であり、安寧に私生活を営む権利があります。労使関係の問題は、労使関係の生じた場すなわち会社において解決するべきでしょう。
 したがって、会社に対してはともかく、個人の私生活の領域を侵すような行為は違法であり、差し止め請求や損害賠償請求の対象となるばかりでなく、態様によっては刑法に違反する場合もあります。


以上のようなことが争われた裁判例があります。
○ 東京高判平成17年6月29日労働判例927号67頁

 本件は、A社の従業員Y1が普通解雇され、Y1は解雇の効力を裁判で争ったが敗訴しました。
Y1は、普通解雇後に労働組合に加入しており、同労働組合の組合員Y2は、A社及びA社社長Xは、の自宅周辺で街宣活動を始めました。
 これに対しXは、Xの平穏に生活を営む権利、A社は、平穏に営業活動を営む権利がそれぞれ侵害されたとして、Yらに対し、A社及びXの自宅に赴いて、面会を供用することや半径200メートル以内での街宣活動を求めると共に、名誉ないし業務、信用を害したとして、それぞれ75万円と460万円の損害賠償請求を起こしました。
 これに対し、Yらは、街宣行為は、解雇撤回及び職場復帰を求めるため団体交渉を要求した正当な権利行使であるなどと主張して、争いました。


 原審は、Xらの主張をほぼ認め、半径150メートルの街宣行為の禁止と、X50万円、A150万円の損害賠償請求が認められました。Yらは控訴しました。


 結論としては、控訴は棄却されました。なお、上告の申立は、上告棄却・不受理となったようです。


 本件の特殊性として、解雇の効力を争う判決が確定していたということがあり、これにより解雇の効力等の問題については、解決済みとされ、団体交渉に応じる義務もないとされたことがあります。
 とりわけ、会社に対する街宣行為が違法とされたことは、確定判決により既に解決済みの問題を蒸し返したことが影響しており、社会通念に反しない限り、通常は違法にはならないでしょう(後掲東京地判平成21年2月20日判時2058号147頁参照)。


この判決の中で、示唆に富むことが書かれていますので、取り上げてみます。
労働組合は,労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を主たる目的として組織された団体であって,その活動に対して一定の社会的な役割を期待されている存在である。そして,そのような存在であるからこそ,労働組合としては,相当の見識を持って,自らの団体行動の結果が他の国民の有する自由権及び財産権などの基本的な権利を侵すことがないように配慮し,権利の全体的な調和を図っていくように努めていく責務があるというべきである。
社会的役割が大きいからこそ、相応する責務があるということであり、何でも許されるというわけではありません。社会の体制自体に不満があったとしても、やはり社会全体のルールには従わなければなりません。


「控訴人らの上記の活動は,労働者の団結のためや,一般労働者の経済的地位の向上のためというよりも,単に,控訴人らの解雇撤回又は職場復帰の要求を被控訴人会社に押し付けることを目的として行っているにすぎず,労働組合に対して与えられている権限を濫用し,被控訴人らに対する執拗な嫌がらせ行為を行っているものといわざるを得ない。」
労組側は、当該労働事件のためだけではなく、労働者の団結のため、一般労働者の経済的地位の向上のためという理由を掲げてくることは良くありますが、実質で判断されます。


○ 東京地判平成21年9月9日
 ある自動車教習所の労働組合が、組合員差別などの不当労働行為をされたなどとして、当該自動車教習所所長の自宅周辺でビラ配りや街宣活動を行ったという事案です。


判旨
労働組合及び労働者の使用者に対する正当な争議行為によって,当該労使関係とは無関係な第三者が損害を受けたとしても,これを受忍すべきことが要請されるというべきであり,したがって,被告らの行為が労働組合活動として正当である場合には,原告との関係においても違法性が阻却されることになる。そして,被告らの行為が正当なものといえるか否かは,その主体,目的,開始時期・手続,態様から判断すべきであり,特に,能様の点については,労働争議は基本的には労働関係の場において営まれるべきであるから,私生活の平穏を害することは原則として許されないと解される。」
 結論として、労働組合らに対する損害賠償請求を認めました。


 ちなみに、自宅兼事務所の場合は、別個に考えられるでしょう。
 おそらくは、営業時間外は、私生活の平穏が優先されるのではないかという気がします。


○ 東京地判平成21年2月20日判時2058号147頁
 雇い止めをされたことを不服とした労働組合が、会社の代表者宅に街宣活動を行った事案です。5回の団体交渉が行われたものの、ついに会社側は団交拒否をしたため、労働委員会に不当労働救済の申立をしたところ認められたため、会社は中央労働委員会に再審査の申立をしています。
 団交拒否の後、会社付近で月1回街宣活動が行われ、翌年から、月1回程度、日曜日を中心に、代表者自宅へ赴いて、面会を求めたり、団体交渉を求める申入書を投函したり、批判ビラを配布する等の街宣活動が行われています。


判旨
「一般に、労使関係の場で生じた問題は、労使関係の領域である職場領域で解決されるべきであり、その領域における労働組合の正当な団体行動は、違法性が阻却される。
 本件においては、被告組合の組合員である被告丙川の雇用問題をめぐって、労使が対立し、団体交渉を経た後、被告組合は、その解決のための団体行動として街宣活動を行ったものであり、正当な組合活動といい得るし、その手段、方法にいささか過激な点があるとしても、社会通念上許容される範囲のものというべきである。」
として、会社の請求は認めませんでした。


 他方、
「労使関係の場で生じた問題は、労使関係の領域である職場領域で解決すべきであって、企業経営者といえども、個人として、住居の平穏や地域社会ないし私生活の領域における名誉・信用が保護、尊重されるべきであるから、労働組合の諸権利は企業経営者の私生活の領域までは及ばないと解するのが相当である。したがって、労働組合の活動が企業経営者の私生活の領域において行われた場合には、当該活動は労働組合活動であることの故をもって正当化されるものではなく、それが、企業経営者の住居の平穏や地域社会(ないし私生活)における名誉・信用という具体的な法益を侵害しないものである限りにおいて、表現の自由の行使として相当性を有し、容認されることがあるにとどまるものと解するのが相当である。
 したがって、企業経営者は、自己の住居の平穏や地域社会ないし私生活における名誉・信用が侵害され、今後も侵害される蓋然性があるときには、これを差し止める権利を有しているし、これらの住居の平穏や名誉・信用が侵害された場合には、損害賠償を求めることもできるというべきである。」
として、代表者個人の差止め、損害賠償請求は認めました。

平成22年08月25日売却許可決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件

最一決平成22年08月25日


<事案>
 甲府地裁が担保不動産競売の開始決定をし、期間入札の方法で競売手続をしたところ、相手方が入札書を入れた封筒に記載された事件番号が平成20年が正しいところ平成21年と誤って記載されていた。
 そのため、執行官は、正しい事件番号が記載された入札保証金振込証明書と封筒に記載された事件番号が異なることから、当該入札を無効と判断し、相手方(2250万円)より低い価格(1900万100円)で入札していた抗告人を最高価格買受人としたため、同人に本件不動産を売却することを許可する決定がなされた。
 そこで、相手方が執行抗告をしたという事案である。


<原審>
 原審は、? 相手方は民事執行法188条、74条1項に基づき執行抗告をすることができると解した上で、? 本件封筒を開封することなく,本件入札を無効と判断してされた本件不動産の売却の手続には重大な誤りがあり,法188条,71条7号所定の売却不許可事由があるとして,原々審の決定を取り消し,抗告人に対する売却を不許可とする旨の決定をした。


<抗告人の主張>
 抗告人は、当該入札人(相手方)が、自己が最高価格買受申出人と定められるべきと主張した執行抗告が認められても、新たな売却手続がとられ、当該入札人が再び買受けの申出が出来るという事実上の利益しかないので、当該入札人には抗告の利益がないと主張しました。


<判旨>
1 執行抗告の利益について
 これに対し、売却手続に重大な誤りがある場合、当該入札人が再び買受けの申出ができるにすぎないとすることは、売却許可決定を受けられるはずだった当該入札人の保護に欠ける一方、本件執行官の誤りによって、既に行われた売却の手続全体が瑕疵を帯びると解する理由はなく、当該瑕疵が治癒されれば当初の売却の手続を続行するのに何ら支障はないと判断して、「執行裁判所は,誤って最高価買受申出人と定められた者に対する売却を不許可とした上で,当初の入札までの手続を前提に改めて開札期日及び売却決定期日を定め,これを受けて執行官が再び開札期日を開き,最高価買受申出人を定め直すべきものと解するのが相当である。」と判示しました。
「なお,法及び民事執行規則(以下「規則」という。)には,入札人に対し買受けの申出の保証を再度提供させることを予定した規定は置かれていないが,執行裁判所は,改めて開札期日を定めるに当たり,期限を定めて買受けの申出の保証を提供させ,執行官はその提供をした入札人の入札のみを有効なものと扱えば足りる。」


そして、結論として「自らが最高の価額で買受けの申出をしたにもかかわらず,執行官の誤りにより当該入札が無効と判断されて他の者が最高価買受申出人と定められたため,買受人となることができなかったことを主張する入札人は,法188条,74条1項に基づき,この者が受けた売却許可決定に対し執行抗告をすることができる」としました。


2 本件入札が無効か否かについて
 本件入札は、封筒と前記証明書に記載された事件番号が一致していないから無効であるという主張に対して、最高裁は、
 民事執行規則が封筒に開札期日の記載を求めているが(民事執行規則47条)、事件番号や物件番号の記載を求めていないのは、開札期日の記載があれば当該封筒を改札すべき開札期日を特定できるので入札書の記載から判明する事件番号や物件番号については記載の必要がないからであるとして、
「当該封筒を開封すべき開札期日を特定することができるのであれば,当該封筒に記載された事件番号がその添付書類に記載されたそれと一致していないとしても,当該入札が無効であるということはできず,執行官は開札期日において当該封筒を開封することを要するものというべきである。」


とし、


本件においては、本件封筒を開封すべき開札期日を特定することができるから、無効ではないと判示しました。


☆ いずれしろ、書き間違いには注意したいところです。


<補足意見>
裁判官金築誠志の補足意見があります。
執行官が入札を誤って無効と判断した場合のような手続の具体的な内容について補足意見を述べています。


同補足意見は、
執行官が入札を誤って無効と判断した場合に改めて行われる売却の手続は、当初の手続の瑕疵を治癒する限度で行われるという前提を示し、実務の実情に応じて柔軟な運用が行われることが望まると締めくくった上で、以下のような手続の概要を提示しています。


1 当初の入札までの手続を前提に改めて開札期日を開いて最高価買受申出人を定め直すものにすぎないのだから、改めて開札期日及び売却決定期日が指定されれば足りる
通常の売却の手続においては、売却決定期日は、裁判所書記官が売却実施処分と同時に指定するものとされ(法188条、64条4項)、開札期日も裁判所書記官が定めるものとされているが(規則173条1項、46条1項)、執行官が入札を誤って無効と判断した場合に改めて行われる売却の手続は、売却決定期日の変更や取消しの権限が執行裁判所にあると解されているのに準じて、再度の開札期日及び売却決定期日を指定する権限は,執行裁判所にあると解するのが相当である(法20条、民訴法93条参照)。
 また,当初の開札期日の終了に伴い、買受けの申出の保証は、誤って最高価買受申出人と定められた入札人等の提供したものを除き、入札人に返還されているのが通常であろうから、執行裁判所は改めて開札期日を定めるに当たって、買受けの申出の保証を再度提供する期限を定めるのが相当である。


2 裁判所書記官は、規則37条各号に掲げる者に対し、開札期日及び売却決定期日を開く日時及び場所を通知するとともに(規則173条1項、49条、37条参照)、当初の売却の手続において適法な入札をした入札人のうち、最高の価額で買受けの申出をしたもの及びこの価額を前提とすれば次順位買受けの申出をすることができる価額で買受けの申出をしたものに対しては、上記日時等に加え、買受けの申出の保証を再度提供するために必要な事項(提供の期限,方法等)を通知して、再度の売却の手続に参加する機会を与える必要があると解される。


3 他方、執行官が入札を誤って無効と判断した場合に改めて行われる売却の手続においては、当初の入札を有効なものと扱い、新たな入札は予定されていないのであるから、公告(法188条、64条5項、規則173条1項、49条、36条1項)、公示等(規則173条1項、49条、36条2項)は、いずれも不要である。


4 執行官は、当初の入札のうち、上記1のとおり執行裁判所が定めた期限までに買受けの申出の保証を再度提供した入札人の入札を有効と扱った上で、再び開札期日を開くことになる。

ゴルフクラブ会員権の相続

● ゴルフ会員権の相続
  被相続人の遺産の中に、ゴルフクラブ会員権がありました。
  相続人としては、ゴルフクラブ会員権を相続したいと思っています。ところが、ゴルフクラブに連絡すると、会員規約に相続による承継の定めがないので、相続は承認しないと言っています。
  この場合、ゴルフ会員権は相続できないのでしょうか?

  

 この質問に関する結論を先に言ってしまうと次のようになります。


  預託金会員制ゴルフクラブにおいて、ゴルフクラブ会員権が相続の対象となるか否かは、規約によります(株主会員制ゴルフクラブにおいても同様に扱うものとされています。)。ただし、相続の定めが無くてもゴルフ会員権の譲渡に関する規定がある場合には、譲渡手続に準じて相続が認められます。

  
 ゴルフクラブの会員たる資格は、入会資格審査を経て取得されるものであり、当該会員の属性に着目して与えられるものなので、一身専属的性質を有し、相続の対象とはなりません(最判昭53.6.16判タ368号216頁)。
 しかし、入会承認を得ることを条件として会員となることが出来る資格を相続人が承継しうるかについては、当該ゴルフクラブの規則等に定められるところに従います。
 

つまり、


会則により、会員契約上の地位の相続による承継を否定し、会員の死亡により契約関係が終了する定めを置く場合は、相続による承継はされませんが、会則により相続による承継を肯定する場合は、相続による承継がなされます。
会則に相続に関する規定がない場合、会則に会員契約上の地位の譲渡を認める規定があれば、相続の承継が認められ、通常の地位の譲渡と同様に、理事会の入会承認を得ることを条件に会員となることの出来る地位を取得します(最判平9.3.25民集51巻3号1609頁)。


POINT
ゴルフクラブの資格は、次の2種類の資格が含まれ、それぞれの法的性格及び相続の対象となるかには、違いがあります。
1 ゴルフクラブの会員たる資格
2 入会承認を得ることを条件として会員となることが出来る資格


一 ゴルフクラブの会員たる資格=相続の対象外
二 入会承認を得ることを条件としてゴルフクラブ会員となることが出来る資格=ゴルフクラブの規則に従う。
 1 規則に相続承継の定め有り→相続の承継あり
 2 規則に譲渡の定め有り→相続の承継あり
 3 何もなし→相続による承継なし

 したがって、相続手続にどのような条件を付するかは、入会審査同様、原則ゴルフクラブ側の自由であり、著しく不合理でなければ、所定の手続に従わざるを得ません。


● ゴルフ会員権の相続を巡る判例


☆ 最判昭和53年6月16日判タ368号216頁
会員死亡時におけるゴルフクラブの会員資格喪失の規定があった事案


「被上告クラブの会員たる地位は一身専属的なものであって、相続の対象となりえない」


☆ 最判平成9年3月25日民集51巻3号1609頁
会則に会員死亡時における会員たる地位の帰趨についての規定がなかったが、会員の地位の譲渡に関する規定はあった事例


ゴルフクラブの正会員が死亡しその相続人がその地位の承継を希望する場合には、正会員の地位が譲渡されたときに準じ、当該ゴルフクラブの会則等の定めに従って、当該ゴルフクラブの正会員の地位を取得できるとした原審の判断を認めた。


理由としては、
1 正会員としての地位の変動という結果に着目すれば、譲渡によるものか相続によるものかで特に選ぶべきところはない。
2 当該ゴルフクラブでは、会員の地位の譲渡が認められているので、会員の固定性は既に放棄されている。
3 したがって、会員が相続した場合に相続人自身がこれを承継することを禁ずべき根拠は見いだし難い。
4 本件ゴルフクラブの会則等は、ゴルフクラブ正会員としての地位が、単に金銭的な権利義務のみならずゴルフ場施設の利用権も一体的に含むものとして、いわゆるゴルフ会員権市場において売買や担保設定のために広く取引されることを想定している。
5 会員の死亡による地位の承継について譲渡に準じて理事会の承認を要することで、ゴルフクラブの親睦的団体としての性格の保持を達成することは可能である。


 この判決は、会則上、会員の地位の譲渡が認められている場合に、会員の地位の相続性を認めて上で、譲渡の手続(理事会の承認)を要求することで、「会員としてふさわしくないものを入会させないことでゴルフクラブとしての品位を保つ」という要請など相続性を肯定したことにより生じるゴルフクラブ運営上の問題点を回避する要請との調和を図ったものと解釈されています。


 この場合、相続人は、相続により入会承認を停止条件とする会員としての地位を承継取得するとする見解が有力です(東京高判平成3年2月4日判時1384号51頁参照)


ゴルフクラブ会員と組合
民法上の組合=死亡が脱退事由(民法679条1号)
会社法上の持分会社の社員=死亡が法定退社事由(会社法607条3号)
 両者とも構成員間の人的信頼関係が基礎となっているため、相続人とはいえ、見知らぬものが当然に参加することが好ましくないとされるからです。
 一方、ゴルフ会員権についても、入会審査等において会員たるにふさわしいかの審査がされるなど、人的信頼関係が考慮されています。
 また、相続人が複数いる場合、思わぬ構成員の増加が生じることにより、ゴルフ会員権では、複数の相続人により準共有の状態が生じ、ゴルフ会員数の管理が出来なくなったり、預託金の承継の問題も生じるなど、さまざまな問題が生じないと言うことも実質的な理由となるようです。実際、会員権の承継を認める場合でも、相続人のうち1名というように条件を規定するゴルフクラブが多いようです(相続を肯定すると、このような規定の有効性が問題となりかねません。なお、持分会社では会社法608条5項により調整がなされています。)。
したがって、ゴルフ会員権も会員の死亡により資格を失うのが原則であり、一身専属的な権利であるとされています。
 もっとも、これらは抽象的な建前であり、規定を設けて相続を承認することも可能であり、例えば、持分会社においては、定款に定めることにより相続人に対して社員の地位を承継することも可能です(会社法608条1項)。
 ゴルフ会員権についても同様であり、会則等により相続人にゴルフクラブの会員たる地位を承継させることも可能です。要は、規定の有無ということになります。


● 預託金返還請求権等
 なお、預託金返還請求権など一身専属的でない権利は相続します。また、逆に、ゴルフクラブに対する年会費等の未納があれば、その支払義務も相続します。
 ただし、ゴルフクラブの会員たる地位の相続が認められる場合は、会則に預託金の返還が認められる規定がない限り、相続人が預託金の返還を求めることは出来ません。
 ゴルフクラブの会員たる地位が相続されたのですから相続人も預託金を預託する義務があるからです。

契約にまつわるトラブル〜取引事例集より

よくある契約にまつわるトラブルの原因

一 正式な契約書がない
なぜ契約書を作っていないのか

1 そもそも作る気がない。
A 業界内の慣習があるから、契約書など無くてもお互いやることは十分わかっている。
B 契約書が無くても信頼関係でやっていける。
C 契約書なんかあると、拡大解釈されたり、知らないうちに訳の分からない条項を入れられて却ってトラブルになる。
D 契約書を作ると、あとで融通が利かなくなる。

しかし、何もなければ、それで良いのかもしれないが、何か起きたときにどうなるでしょうか?そのリスクを考えているのでしょうか?
契約書を要求すると、俺を信用していないのかと言う人もいます。しかし、履行するしない以外の部分でトラブルが生じることもあります。それに、履行する自信があるのならば、逆に堂々と契約書を作ればいいはずです。

C については、契約書を専門家に作成・チェックを依頼すればいいでしょう。それに、無謀な拡大解釈をする相手は、契約書がなければ、それを良いことに、どんどん法外な要求をしてきたり、口頭の約束を守らなかったりします。契約書は、こちらの武器でもあります。

D については、契約の内容を明確にした上で、事情が変わった場合の変更条件、変更方法等を盛り込むことも考えられます。また、後で融通を利かせるという観点も問題がないわけではなく、ともすれば、口約束は破っても良いという発想にも繋がりますし、約束を勝手に解釈したり、変えてしまったりしてトラブルの基となります。
相手から同じことをされるかもしれません。
よく考えると、誠実な考えとは言えないでしょう。



2 後で契約書を作る
 なぜ、今、契約書がないのでしょうか?
 A 仕事を受ける側の事情
 a 契約書の作成を待っていると納期に間に合わない。
 b 契約書の締結を要求すると同業他社に仕事をとられる。
  これは、ある程度作業を始めると、既成事実が作れるので、相手方が他社に乗り換えることも出来なくなるという発想です(既成事実化、囲い込み)。
 B 仕事をさせる側の事情
 まあ何とかなるだろう(甘い見通し)。契約書を締結できれば、それでよし。気に入らなければ、契約書がないのだから合意を否定することも出来るのではないか。
 
契約書作成の時間的費用的コストが問題となっているようです。
しかし、これがトラブルの元なのです。
少なくとも作業を始めるにあたっての合意書・確認書を作成して、仕事の開始についての相手方の了解を明確にしておくべきです。



3 よくあるトラブル
仕事に着手する前に合意をするべきであった。

契約書がない場合のトラブルのパターンでよくあるのは、契約が成立している、してないで争われること。そして、契約内容についての争いです。

後者については、契約不備と同様な問題があるので、契約が不備の場合を見て下さい。
ここでは、前者、つまり、契約が成立しているか否かについて見てみます。


契約書がないのに作業を始めてしまった。
こちらは、口頭で契約は成立していたと主張します。
相手方は、まだ交渉段階だったと言って契約の合意の存在を否定します。
これが、よくあるパターンです。


未だ交渉段階と言う主張
単なる打ち合わせにおいて、互いに了解しただけでは、交渉の過程に過ぎず契約が成立しているとはされにくいという主張がよくなされます。
相手方は、一方的に作業を開始しただけで、なんの説明も受けていない。

一部の要式契約を除いて、契約は口頭でも成立しますが、それはあくまで口頭で合意が成立したと立証が出来たらの話です。
契約書がない場合、それに代わって契約の成立を立証する証拠を探さなければいけません。これは、結構楽ではありません。裁判上も契約書がないのは、相当不利であることは覚悟しないといけませんし、仮に契約が認められても今度は、その内容の立証が一苦労となります。


これに対して、作業を始めた側としては、
契約書に代わるものが見つかればよいのでしょう。
例え交渉段階であったとしても、ある条件を満たせば(停止条件)契約を締結する旨の覚書の存在(停止条件付合意)なんかがあって助かった事例もあります。

しかし、何もなければ、
相手方も契約の履行に着手していたことを認識していた。だから、契約は成立していたはずだ、少なくとも黙示には成立していたはずだ。
と言うことになります。


このように言わせないためにも、
勝手に作業を始めたなどと、傍観していないで、

すばやい異議や抗議

をするべきでしょう。


いずれにしろ、契約書がない方がやはり不利です。また、契約の成立があったと認定されてもその条件はどうなるのかが争われることになります(どちらの責任でどちらがいくら負担するのかなど)。
やはり、きちっとした契約書による正式な発注を待って作業を開始するのが一番のリスク回避です。



二 契約書が不備である
せっかく契約書を作っても不備があると、またトラブルの元となります。


1 何をする契約か?
単なる請負契約なのか、準委任契約なのか、共同開発契約なのか、相手に開発させる契約なのか、開発後の独占販売契約もセットにされた契約なのか
これによって、中途で開発がストップした場合など何か問題が生じたときの費用負担、権利の帰属に影響が生じることがあります。


2 個別契約と基本契約
取引スキームの全体像を基本契約によって共有化しておくと、お互いの誤解から生じるトラブルが生じにくくなります。また、個別契約の位置づけを明確にすることにより、お互いの役割分担・責任の明確化を図ることが重要です。


一個の契約か複合契約かが争われることもあります。
複数の契約が交わされたとき、ある契約については履行が完了したが、全体の履行は終了していない場合にトラブルが生じます。
発注者側は、全体が終了していないから報酬は発生していない。
受注者側は、1つの契約については、履行されているので代金の支払い義務が生じている。
と主張します。

この場合、対価の支払い条件を明確にする必要があります。


3 業務の範囲の明確化
Aという作業内容と、それに隣接したBという作業内容があったとします。
よくあるのが、
発注者側から、Bが履行されていないから、契約上の債務は履行されていない。だから代金は支払わない。Bが履行されていないのだから、債務不履行の損害賠償を請求する。
受注者側から、契約の範囲はAだけだ。Bは、契約の範囲外だから別料金を支払え。

さて、AだけでなくBも契約内容に含まれていたのでしょうか。
隣接業務・関連業務が問題となりやすいようです。

契約書においては、業務の範囲を明確にする必要があります。


4 責任の明確化、分担内容、誠実協力
これは、各々がすべきことが明確にされていない場合にトラブルが生じます。
例えば、
履行の遅延が生じたのは、相手の協力がなかったのが原因である。
相手方の意思決定が遅いから遅れた。
いや、相手方の進め方が悪い、相手方の能力不足が原因だ。
こういう事例では、なんて不誠実なんだろうかと相手に対する不信感が積もりに積もってお互いにフラストレーションが溜まっています。

これに対処するためには、お互いの密接な連携が必要であり、責任者を明確にする必要があります。
お互いに問題点を共有し、互いに協力できていれば問題は生じなかったはずです。

そこで、契約書においては、各々の役割を明確化にし、各々の役割分担、責任の所在を明確化にしなければなりません。
能力のある担当責任者を決め、責任者同士の定期的な報告、会議などをするべきでしょう。


5 仕事の明確化
仕事は完成しました。しかし、

仕事の結果が基準を満たしていない。
仕様が分からないため、予想外の余分な費用がかかってしまった。

などと、トラブルが発生することがあります。

社会常識で、完成の基準がある程度明確であればよいのですが、システム開発や特別な用途がある場合などは、要求する仕事の水準を明確にしておく必要があるでしょう。


6 仕事内容の変更
予想外の事態が生じるなどして、途中で仕事内容が変更されることもあります。
があったときはどうするのか。変更後も同様の問題。
中途で当初見込みより費用が増加した。

リフォームなどの請負契約などに多いのですが、あらゆる場面でよく見られ、トラブルの大きな発生ポイントです。

請負契約においては、変更後の契約がない場合、当初の契約の存在が有利なようです。仮に、変更が認められても、追加費用がいくらになるかも困難な問題です。

まず、前提条件や業務内容を記載して、どういう内容の契約なのかを明確にする必要があります。これらが明確でないと、それがそもそも変更なのかどうなのかすら判断の予測が立たなくなるからです。
そして、変更条件・手続を明確化にします。
なお、発注者が地方自治体の場合、予算に議会の承認を必要とするので追加費用には慎重となりますので、当初契約にはより注意が必要でしょう。


7 用語の統一、不明確な用語
これもお互いの誤解の原因になりますし、お互いに予測が出来なくなります。
不明確な用語は避けるべきですが使わざるを得ない場合には、注釈や意味を明確にする覚書を交わしたりします。


8 権利の帰属の明確化
所有権や知的財産権は、どちらが取得するのか。また、何時、どのような条件で取得するのか。
契約が中途で終わってしまった場合、トラブルになる恐れがあります。
万が一のことを考え、できるだけ明確に規定しましょう。