最一決平成22年11月25日


本件は、小沢民主元代表が、検察審査会による起訴議決がなされたことから、当該議決の効力の停止を求めた事件の許可抗告及び特別抗告の最高裁決定です。


最高裁は、
検察審査会法41条の6第1項所定の検察審査会による起訴をすべき旨の議決は,刑事訴訟手続における公訴提起(同法41条の10第1項)の前提となる手続であって,その適否は,刑事訴訟手続において判断されるべきものであり,行政事件訴訟を提起して争うことはできず,これを本案とする行政事件訴訟法25条2項の執行停止の申立てをすることもできない。」
として、却下されてしまいました。


刑事訴訟手続は、刑事訴訟手続で争うべきということのようです。
公訴手続の前提となる手続としている点は、公訴権濫用と同じイメージで捉えたのかな。
最高裁としては、刑事手続に行政訴訟がなだれ込むのを恐れたのか?
訴訟手続の縄張りを侵すことは避けたかったのだと思います。
感覚としたら、強制起訴制度と公訴提起を一体のように捉え、強制起訴制度に対する行政事件訴訟を認めることは、公訴提起に対して行政事件訴訟を認めてしまうような感覚を持ったのではないでしょうか(そんなことするかという反論が聞こえてきそうですが)。


行政法学者の間でも賛否が分かれているようですが、当否はともかく、予想どおりの決定でした。
本案も同じ理由で却下でしょう。


ただ、刑事訴訟手続で争えるとした点は大きいとする方もいるようです。つまり、ここで行政事件訴訟をせずに、刑事事件で争った場合、「行政事件訴訟で争うべき」と言われて門前払いをされるかもしれないので、刑事訴訟手続で争うべきと言わせたのは大きいとする見解です。
おそらく、昔の空港訴訟のように民事訴訟で行くと行政訴訟で争えるかはともかくダメと言われ、行政訴訟で行くと公権力の行使にあたらないので行政訴訟ではないとされることへの恐怖があるのでしょう。
今の最高裁がそこまでするかと言う気もしますが。


ところで、小沢氏側は、平成22年10月26日付朝日新聞に掲載されていた検察審査会の強制起訴制度自体が最終的に内閣が行政権行使の責任を負うとする三権分立制度の枠組みをはずれ違憲であるとする主張は、しなかったのでしょうか。決定を見る限りしてなさそうですがどうなのでしょうか。
なるほどと思ったのですが。

平成22年10月22日損害賠償請求事件

最二判平成22年10月22日



上告人が、A社のC種類株主全員(2名)の同意を得て、C種類株式全部を公開買い付けによらずに買い付けたところ、A社の普通株主である被上告人が、

上告人は、C種類株式を買い付けるときに普通株式と共に公開買付によらなければならなかったのに、違法に公開買付によらなかったことにより、被上告人保有普通株式を売却する機会を逸し、損害を被ったなどと主張して、

不法行為に基づく損害賠償を求めた事案です。


当時の証券取引法は、
有価証券報告書を提出しなければならない発行者の株券を、当該発行者以外の者が、取引所有価証券市場外で買付等を行う場合に公開買付によることを原則と定め、その例外の一つとして、「政令で定める株券等の買付け等」については、公開買付による必要はないと定めていました。

その政令においては、
1 株券等の所有者が少数である場合として内閣府令で定める場合であって、
2 当該株券等にかかる特定買付け等を公開買付けによらないで行うことに付、当該株券等の全ての所有者が同意している場合として内閣府令で定める場合における当該特定買付け等
と規定されており、

その内閣府令においては、
1の場合を、株券等の所有者が25名未満である場合
2の場合を、当該株券等にかかる特定買付け等を公開買付けによらないで行うことに同意する旨を記載した書面が当該株券等の全ての所有者から提出された場合
と規定されています。


当該政令内閣府令に書いてある「株券等」に、買付けの対象とされた種類株式にかかる株券等(例えばC種類株式にかかる株券)のみならず、買付け対象外も含めた全ての株券等(例えば本券における普通株式にかかる株券)も含むのかが問題とされました。


原審は、全ての株券等が含むとし、全ての株券等の所有者は25名以上いるので、当該政令内閣府令の要件を充たさないので、公開買付けによらないでできる場合にはあたらない。
それなのに、本件買付けを公開買付けによらないで行ったことは違法であって、不法行為にあたるとしました。


これに対して、最高裁は、
当該政令及び内閣府令が改正により、上記の公開買付けによらない新たな例外を設けた目的が、事業再編等の迅速化及び手続の簡素化を図る目的だったこと
事業再編等のためには、その再編等のために発行された特定の種類の株券等のみを特定買付け等をすることが必要な場合があること
その際、上場会社の発行する株券等の所有者は多数に及ぶこと
特定買付け等を行う者において買付けの対象としない他の種類の株券等があるとしても、その所有者の利害に重大な影響を及ぼすものではないこと


このような実情や改正目的などを考慮して、結論として
「株券等」には、特定買付け等の対象とならない株券等は含まれない。
として、不法行為を否定しました。




証券取引法、同法施行令(政令)、内閣府令などは、基本的に金融商品取引法等に引き継がれており、須藤正彦裁判官が補足意見で述べられています。
<現行関連法令>
金融商品取引法27条1項但書
施行令6条の2第1項7号
発行者以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令第2条の5
内容
1 当該株券等の所有者が二十五名未満である場合
2−1 特定買付け等の後における当該特定買付け等を行う者の所有に係る株券等の株券等所有割合とその者の特別関係者の株券等所有割合を合計した割合が三分の二以上となる場合であって、当該特定買付け等の対象とならない株券等があるとき 
 当該特定買付け等の対象となる株券等に係る特定買付け等を公開買付けによらないで行うことに同意する旨を記載した書面が当該特定買付け等の対象となる株券等のすべての所有者から提出され、かつ、買付け等対象外株券等についてイ又はロの条件が満たされている場合
イ 特定買付け等を公開買付けによらないで行うことに同意することにつき、当該買付け等対象外株券等に係る種類株主総会の決議が行われていること。
ロ 買付け等対象外株券等の所有者が二十五名未満である場合であって、特定買付け等を公開買付けによらないで行うことにつき、当該買付け等対象外株券等のすべての所有者が同意し、その旨を記載した書面を提出していること。
2−2 前号に掲げる場合以外の場合 当該特定買付け等の対象となる株券等に係る特定買付け等を公開買付けによらないで行うことに同意する旨を記載した書面が当該特定買付け等の対象となる株券等のすべての所有者から提出された場合
3 3項以降は、電磁的方法による場合の規定

平成22年10月19日詐害行為取消等請求事件

最三判平成22年10月19日


<事案>
Aが、債務超過であるにもかかわらず、上告人に不動産持分を売却したところ、Aの債権者である被上告人が、詐害行為取消権に基づいて、上告人に対して、当該売買契約の取消と上告人への当該持分の移転登記の抹消登記手続を求めが事案です。


<本訴の流れ>
被上告人は、Aに対して二つの債権を持っていました。
一つは、C(株)に対する債権の連帯保証債権(甲債権)、もう一つは(有)Dに対する債権の連帯保証債権(乙債権)です。


被上告人は、当初、甲債権を被保全債権として、詐害行為取消権を行使していたのですが、別訴で和解が成立し、甲債権が消滅してしまいました。


そこで、被上告人は、被保全債権を乙債権に変更しました。


これに対し、上告人は、被上告人は、別件訴訟を提起した日(平成16年9月4日)には取消しの原因を知っていたのだから、乙債権を被保全債権とする詐害行為取消権については、民法426条前段により2年の消滅時効が完成を援用してきました。


原審は、本件訴訟の提起により、詐害行為取消権の消滅時効が中断したとして、被上告人の請求を認容しました。


これに対し、上告人は、所論は、被上告人が被保全債権を変更したことは、訴えの交換的変更に当たるから、乙債権を被保全債権とする詐害行為取消権には本件訴訟の提起による消滅時効の中断の効力は及ばないと主張しました。


<判旨等>
最高裁は、
詐害行為取消権の制度は、債務者の一般財産を保全するためのものであって、取消債権者の個々の債権の満足を直接予定しているものではないとしたうえで、
「詐害行為取消権は、取消債権者が有する個々の被保全債権に対応して複数発生するものではない」旨を述べています。


したがって、取消債権者の被保全債権に係る主張が交換的に変更されたとしても、攻撃防御方法が変更されたにすぎず、訴えの交換的変更には当たらないのだから、本件訴訟の提起によって生じた詐害行為取消権の消滅時効の中断の効力に影響がないとしました。


つまり、詐害行為取消権は、個々の債権の満足のためのものではなく、「債務者の一般財産」を保全するものだから、取消権が被保全債権ごとに複数発生するのではなく、債務者の一般財産の保全のために1個の詐害行為取消権が発生しているということのようです。


そうすると、訴訟物は、被保全債権ごとに○○債権を被保全債権とする詐害行為取消権に基づく本件売買契約の取消及び抵当権設定登記抹消請求権ではなく詐害行為取消権に基づく本件売買契約の取消及び抵当権設定登記抹消請求権1個ということですから、被保全債権が変更されたとしても、訴訟物の変更でなく、単なる攻撃防御方法の変更に過ぎないことになります。



民法第四百二十六条  第四百二十四条の規定による取消権は、債権者が取消しの原因を知った時から二年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

平成22年10月15日損害賠償請求事件

最二判平成22年10月15日


交通事故による怪我で後遺障害が残った上告人が、加害車両の運転者と加害車両の運行供用者に対して、自動車損害賠償保障法3条に基づき損害賠償を求めた事案です。


労災保険法に基づく休業給付及び障害一時金(休業給付等)について、どの部分に、どういう順序で損益相殺的調整をするか


上告人(被害者側)は、「本件休業給付等との間で行う損益相殺的な調整につき、これらが損害金の元本及びこれに対する遅延損害金の全部を消滅させるのに足りないときは、これらをまず各てん補の日までに生じている遅延損害金に充当し、次いで元本に充当すべき」
と主張しました。


最高裁は、平成23年9月13日の判決(裁判所時報1515号6頁)と同じく、
「被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある」


と述べ、


「被害者が、不法行為によって傷害を受け、その後に後遺障害が残った場合において、労災保険法に基づく各種保険給付を受けたときは、これらの社会保険給付は、それぞれの制度の趣旨目的に従い、特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから、同給付については、てん補の対象となる特定の損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有する損害の元本との間で、損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。」


と平成22年9月13日判決を引用し、
照)。


「本件休業給付等については、これによるてん補の対象となる損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有する関係にある休業損害及び後遺障害による逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであり、これらに対する遅延損害金が発生しているとしてそれとの間で上記の調整を行うことは相当でない。」


とし、


「本件休業給付等は、その制度の予定するところに従って、てん補の対象となる損害が現実化する都度、これに対応して支給されたものということができるから、そのてん補の対象となる損害は本件事故の日にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をするのが相当である。」


平成22年9月13日判決の際、最二判平成16年12月20日裁判集民事215号987頁との関係がよくわからないと書いたところ、裁判官千葉勝美の補足意見がそれについて触れておられました。
「平成16年第二小法廷判決は、被害者が不法行為の当日に死亡した事案において、被害者の逸失利益労災保険法に基づく遺族補償年金及び厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金との損益相殺的な調整につき、上記各年金給付(以下、両者を併せて「遺族年金給付」という。)が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは、遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものであると判断している。」


そうなんです平成16年は、まず遅延損害金に充当すべきとしてるんです。


「本件は、被害者が不法行為により傷害を受け、その後に後遺障害が残った事案であり、この点で平成16年第二小法廷判決とは前提となる事実関係に違いがある。」


事案が違うと言うことですか・・・


「平成16年第二小法廷判決の事案において被害者に生じた損害との間で損益相殺的な調整をすべきものとされた遺族年金給付は、被害者の死亡の当時その者が直接扶養する者のその後における適当な生活の維持を図ることを目的として給付されるものであり」「、被害者の逸失利益そのもののてん補を目的とするのではなく、それに生活保障的な政策目的が加味されたものとなっており、損益相殺的な調整の可否についての前提が本件と異なっているとみる余地がある。」


余地?


「すなわち、本件休業給付等は、労働することができなかったために受けることができない賃金のてん補や、労働能力が喪失ないし制限されることによる逸失利益のてん補を目的とするものであるが、遺族年金給付は、そこまでの費目拘束があるとはいえない。」


費目拘束の程度の違いですか?そんなに違うのかなあ。もう少し理由が知りたい。


「もっとも、遺族年金給付によるてん補の対象となる損害は、被害者が被った損害すべてではなく、基本的には給与収入等を含めた逸失利益全般であるというべきであるから、損益相殺的な調整の対象となる損害も遺族年金給付の趣旨目的に照らし、これと同性質で、かつ、相互補完性を有する損害の範囲に限られるものというべきであり、その点では、本件の場合と同じ考え方を採る余地があるのではなかろうか。」


そんな気がします。


「すなわち、上記の調整の対象となる損害に被害者の逸失利益に係る元本のほか遅延損害金をも含むとする平成16年第二小法廷判決の判断を改め、被害者が不法行為により長期の療養を経ることなく死亡した場合にあっても、労災保険法に基づく保険給付や公的年金制度に基づく年金給付については、それぞれの制度の趣旨目的に照らし、逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整をすべきであり、また、上記の各給付が制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り、これらが支給され、又は支給されることが確定することにより、そのてん補の対象となる損害が不法行為の時にてん補されたものと法的に評価するのが相当であるとも考えられる。」


こう考える方が整合性があるような気がするのですが・・・。


「これらの点については,今後,更なる検討を要するといえよう。」


結局、まだよくわからない。

平成22年10月15日相続税更正処分取消請求事件

最二判平成22年10月15日

  • 上告人の母が、所得税更正処分等の取消訴訟を提起していたところ、訴訟係属中に死亡し、上告人が訴訟を承継し、処分等の取消判決を勝ち取り確定した。これにより所得税等の過納金が上告人に還付されたところ、所轄税務署長から還付金請求権は相続財産を更正するとして相続税の更正処分を受けたため、上告人が更正処分の一部取り消しを求めた事案である。
  • 第一審は、上告人が勝訴したそうです。

しかし、原審は、上告人逆転敗訴、上告審でも上告人が敗訴しました。

  • 本件での主要な争点は、

本件過納金の還付請求権が、相続財産を構成するかという点のようです。


上告人は、本件過納金の還付請求権は,別件所得税更正処分の取消判決確定により初めて発生し,A(上告人の母)の相続開始時には訴訟係属中でまだ発生していなかったのだから相続財産を構成せず,原始的に被控訴人に帰属すると主張しています。

  • 判旨は、

取消訴訟判決が確定すると、行政処分の効果は、処分時に遡って効力を失う。
すると、処分に基づいて納付された納付された所得税,過少申告加算税及び延滞税は,納付の時点から法律上の原因を欠いていたこととなる。
そうすると、これら所得税等にかかる過納金の還付請求権は、納付時点で既に発生していたことになる。


つまり、簡単に言うと、別件所得税更正処分の取消判決確定によって、別件所得税更正処分は、最初から効力がないことになり、効力がないのに所得税等を納めさせてしまったのだから、納付した時点でこれらは、返さなければいけないお金だったのだということです。

で、返すべきお金となった時点(納付時)は、まだ上告人の母の存命中だったのだから、この返せという請求権も上告人の母の存命中に発生した上告人の母の財産であって、上告人の母が死亡すれば、その相続財産に含まれるんだ、としたのです。


そこで、結論として、上記所得税等に係る過納金の還付請求権は,被相続人の相続財産を構成し,相続税の課税財産となるとして原審の判断を是認しました。


なお、この事件は、原審も最高裁のHPに載っています。税務の強い法律事務所が上告人の側についており、他にも様々な主張を述べていて、なるほど良く思いつくななどと、なかなか面白いです。

  • 原審で上告人の主張をいくつか否定しているのですが、主なものを載せておきます。

「別件所得税更正処分が重大かつ明白な瑕疵により無効なのか,取り消し得べき瑕疵を有しているのかは,いずれも確定判決を待たなければ判明しないにもかかわらず,無効判決だった場合は還付請求権は納付時に発生しているので相続財産となり,取消判決だった場合は相続財産から外れることになる。このように,更正処分の瑕疵の重大性,明白性如何により相続財産性が左右されるのは相当ではない。」


処分が無効の瑕疵なのか取消うべき瑕疵なのかで相続財産かどうかが変わってしまう。とくに無効の瑕疵の方が重いのに、この場合、相続財産になり相続税が課されることは、バランスが悪いとも言えます。


「また,取消判決の確定時にAが存命であれば,当然本件過納金は相続財産となったにもかかわらず,訴訟係属中にAが死亡したという偶然のできごとによって,同じ本件過納金が相続財産とならなくなる。しかし,このように偶然のできごとによって相続財産性が左右されるのは相当ではない。」


還付金そのものは、不課税なんですよね。

平成22年10月14日請負代金請求事件

最一判平成22年10月14日



指名競争入札により、浄水場内の監視設備工事を請け負ったAは、この工事のうち浄水場内の監視設備機器(本件機器)の製造等を、A→B、B→C、C→D、D→被上告人、被上告人→上告人と、順次発注し、それぞれ請負契約が締結されたところ被上告人が請負代金を支払わなかったために上告人が請負代金の支払を求めた事案です。


本件の経緯は、次のとおりでした。

  • 上告人の働きかけでAが上記製造等を上告人に行わせることにした。
  • 上告人も入札に参加していたことから、Aと上告人の間に子会社、関係会社を介在させることにし、Aは、Cに介在会社の選定を任した。
  • Cは、被上告人に対し、受注先からの入金がなければ発注先に請負代金の支払いはしない旨の特約(入金リンク)と付するから被上告人にリスクはないと説明した。
  • 被上告人は、帳簿上の売上を伸ばすことにより山梨県経営事項審査の点数を増加させ、大規模公共工事受注の可能性を増せることなどから受注することにした。
  • Aは、上告人に対する発注者を被上告人とすることを上告人に打診した。
  • 上告人は、被上告人の与信調査を行い、これを応諾する旨回答した。
  • 上告人と被上告人との間で、本件請負契約が締結された。
  • 上告人と被上告人とは、本件請負契約の締結に際し、入金リンク条項がある注文書と請書とを取り交わした。
  • 上告人は、本件機器を完成させ、本件機器をAに引き渡した。
  • AはBに請負代金を支払い、BはCに請負代金を支払った。
  • Cは、平成18年4月、破産手続開始の決定を受け、平成19年1月、破産手続廃止の決定を受けた。
  • 被上告人は、本件機器の製造等に係る請負代金の支払を受けていない。


原審は、
被上告人がCから入金リンクの説明を受けていてリスクがないと考えていたことや、上告人も実質的には被上告人にAの支払う請負代金を通過させる役割しか負わせていないことなどから、本件入金リンク条項は、被上告人が請負代金の支払を受けることを停止条件として請負代金を支払うことを定めたものであるとして上告人の請負代金請求を棄却しました。


これに対して、最高裁は、
「一般に、下請負人が、自らは現実に仕事を完成させ、引渡しを完了したにもかかわらず、自らに対する注文者である請負人が注文者から請負代金の支払を受けられない場合には、自らも請負代金の支払が受けられないなどという合意をすることは、通常は想定し難いものというほかはない。」
とし、本件請負契約が、代金額が3億1500万円と高額であること
本件が公共事業に係るものであって発注者からの請負代金の支払は確実であったことから、順次請け負った各下請負人に対する請負代金の支払も順次確実に行われることを予定していた
ことから、上告人が、契約上の債務を履行したのに、被上告人が請負代金の支払を受けられない場合、請負代金を受領できなくなることを承諾していたとは到底解し難い。
として、
「有償双務契約である本件請負契約の性質に即して、当事者の意思を合理的に解釈すれば、本件代金の支払につき、被上告人が上記支払を受けることを停止条件とする旨を定めたものとはいえず、本件請負契約においては、被上告人が上記請負代金の支払を受けたときは、その時点で本件代金の支払期限が到来すること、また、被上告人が上記支払を受ける見込みがなくなったときは、その時点で本件代金の支払期限が到来することが合意されたものと解するのが相当である。」
としました。


契約条項を当事者の合理的意思解釈と言う形で裁判所が補足、修正が出来るのかというのは、取引の予測可能性や私的自治への介入等々難しい問題がありますが、本件では、公共事業であり、まず大元の発注者から請負代金は確実に支払われ、その代金は、単なる介在者(談合疑惑逃れのため?)を通過し順次末端の請負人に流れていくことが想定されており、途中に破産者が生じてその流れが途中で止まることは想定し難かったことから、介在者が支払い不能となった場合までリンク条項は想定していなかったと見ることも出来ます。
そうすると、リンク条項は、通常時において、上から下へと順調に代金が流れていくことを前提に、直前の発注者から支払を受けるまでは支払わない、逆に言うと、直前の発注者から支払を受けたら請負人に支払うという、ある種の期限(方法)を定めたものに過ぎず、途中で流れがストップして流れなくなった場合までは想定していないと解釈することも不可能ではないということではないかと思われます。
上告人が被上告人の与信調査をしていることも、上告人が、流れが止まるなど何らかの事情で被上告人が請負代金を支払わないときに、被上告人の資力をあてにしていたと見ることも出来ます。もし、この場合に上告人が被上告人の支払を諦めるつもりであれば、請負契約締結にあたり、流れが止まるか否かを調査するために、介在者全員の与信調査が必要となったはずです。


したがって、公共事業ではなく、発注者に倒産リスクがある場合や介在者に固有の利益がある場合(単なる通過人と言えない場合)には、同様に判断されるとは限らないでしょう。


もっとも、このような契約を打診された場合、手を出さないのが無難ですが、どうしてもと言うならば、上流の者全ての与信調査をするか、Aなど上流の者の支払保証を要求し、リスクをしっかり把握した上で、決断すべきだったと言うことでしょう。