平成22年10月14日請負代金請求事件

最一判平成22年10月14日



指名競争入札により、浄水場内の監視設備工事を請け負ったAは、この工事のうち浄水場内の監視設備機器(本件機器)の製造等を、A→B、B→C、C→D、D→被上告人、被上告人→上告人と、順次発注し、それぞれ請負契約が締結されたところ被上告人が請負代金を支払わなかったために上告人が請負代金の支払を求めた事案です。


本件の経緯は、次のとおりでした。

  • 上告人の働きかけでAが上記製造等を上告人に行わせることにした。
  • 上告人も入札に参加していたことから、Aと上告人の間に子会社、関係会社を介在させることにし、Aは、Cに介在会社の選定を任した。
  • Cは、被上告人に対し、受注先からの入金がなければ発注先に請負代金の支払いはしない旨の特約(入金リンク)と付するから被上告人にリスクはないと説明した。
  • 被上告人は、帳簿上の売上を伸ばすことにより山梨県経営事項審査の点数を増加させ、大規模公共工事受注の可能性を増せることなどから受注することにした。
  • Aは、上告人に対する発注者を被上告人とすることを上告人に打診した。
  • 上告人は、被上告人の与信調査を行い、これを応諾する旨回答した。
  • 上告人と被上告人との間で、本件請負契約が締結された。
  • 上告人と被上告人とは、本件請負契約の締結に際し、入金リンク条項がある注文書と請書とを取り交わした。
  • 上告人は、本件機器を完成させ、本件機器をAに引き渡した。
  • AはBに請負代金を支払い、BはCに請負代金を支払った。
  • Cは、平成18年4月、破産手続開始の決定を受け、平成19年1月、破産手続廃止の決定を受けた。
  • 被上告人は、本件機器の製造等に係る請負代金の支払を受けていない。


原審は、
被上告人がCから入金リンクの説明を受けていてリスクがないと考えていたことや、上告人も実質的には被上告人にAの支払う請負代金を通過させる役割しか負わせていないことなどから、本件入金リンク条項は、被上告人が請負代金の支払を受けることを停止条件として請負代金を支払うことを定めたものであるとして上告人の請負代金請求を棄却しました。


これに対して、最高裁は、
「一般に、下請負人が、自らは現実に仕事を完成させ、引渡しを完了したにもかかわらず、自らに対する注文者である請負人が注文者から請負代金の支払を受けられない場合には、自らも請負代金の支払が受けられないなどという合意をすることは、通常は想定し難いものというほかはない。」
とし、本件請負契約が、代金額が3億1500万円と高額であること
本件が公共事業に係るものであって発注者からの請負代金の支払は確実であったことから、順次請け負った各下請負人に対する請負代金の支払も順次確実に行われることを予定していた
ことから、上告人が、契約上の債務を履行したのに、被上告人が請負代金の支払を受けられない場合、請負代金を受領できなくなることを承諾していたとは到底解し難い。
として、
「有償双務契約である本件請負契約の性質に即して、当事者の意思を合理的に解釈すれば、本件代金の支払につき、被上告人が上記支払を受けることを停止条件とする旨を定めたものとはいえず、本件請負契約においては、被上告人が上記請負代金の支払を受けたときは、その時点で本件代金の支払期限が到来すること、また、被上告人が上記支払を受ける見込みがなくなったときは、その時点で本件代金の支払期限が到来することが合意されたものと解するのが相当である。」
としました。


契約条項を当事者の合理的意思解釈と言う形で裁判所が補足、修正が出来るのかというのは、取引の予測可能性や私的自治への介入等々難しい問題がありますが、本件では、公共事業であり、まず大元の発注者から請負代金は確実に支払われ、その代金は、単なる介在者(談合疑惑逃れのため?)を通過し順次末端の請負人に流れていくことが想定されており、途中に破産者が生じてその流れが途中で止まることは想定し難かったことから、介在者が支払い不能となった場合までリンク条項は想定していなかったと見ることも出来ます。
そうすると、リンク条項は、通常時において、上から下へと順調に代金が流れていくことを前提に、直前の発注者から支払を受けるまでは支払わない、逆に言うと、直前の発注者から支払を受けたら請負人に支払うという、ある種の期限(方法)を定めたものに過ぎず、途中で流れがストップして流れなくなった場合までは想定していないと解釈することも不可能ではないということではないかと思われます。
上告人が被上告人の与信調査をしていることも、上告人が、流れが止まるなど何らかの事情で被上告人が請負代金を支払わないときに、被上告人の資力をあてにしていたと見ることも出来ます。もし、この場合に上告人が被上告人の支払を諦めるつもりであれば、請負契約締結にあたり、流れが止まるか否かを調査するために、介在者全員の与信調査が必要となったはずです。


したがって、公共事業ではなく、発注者に倒産リスクがある場合や介在者に固有の利益がある場合(単なる通過人と言えない場合)には、同様に判断されるとは限らないでしょう。


もっとも、このような契約を打診された場合、手を出さないのが無難ですが、どうしてもと言うならば、上流の者全ての与信調査をするか、Aなど上流の者の支払保証を要求し、リスクをしっかり把握した上で、決断すべきだったと言うことでしょう。