契約にまつわるトラブル〜取引事例集より

よくある契約にまつわるトラブルの原因

一 正式な契約書がない
なぜ契約書を作っていないのか

1 そもそも作る気がない。
A 業界内の慣習があるから、契約書など無くてもお互いやることは十分わかっている。
B 契約書が無くても信頼関係でやっていける。
C 契約書なんかあると、拡大解釈されたり、知らないうちに訳の分からない条項を入れられて却ってトラブルになる。
D 契約書を作ると、あとで融通が利かなくなる。

しかし、何もなければ、それで良いのかもしれないが、何か起きたときにどうなるでしょうか?そのリスクを考えているのでしょうか?
契約書を要求すると、俺を信用していないのかと言う人もいます。しかし、履行するしない以外の部分でトラブルが生じることもあります。それに、履行する自信があるのならば、逆に堂々と契約書を作ればいいはずです。

C については、契約書を専門家に作成・チェックを依頼すればいいでしょう。それに、無謀な拡大解釈をする相手は、契約書がなければ、それを良いことに、どんどん法外な要求をしてきたり、口頭の約束を守らなかったりします。契約書は、こちらの武器でもあります。

D については、契約の内容を明確にした上で、事情が変わった場合の変更条件、変更方法等を盛り込むことも考えられます。また、後で融通を利かせるという観点も問題がないわけではなく、ともすれば、口約束は破っても良いという発想にも繋がりますし、約束を勝手に解釈したり、変えてしまったりしてトラブルの基となります。
相手から同じことをされるかもしれません。
よく考えると、誠実な考えとは言えないでしょう。



2 後で契約書を作る
 なぜ、今、契約書がないのでしょうか?
 A 仕事を受ける側の事情
 a 契約書の作成を待っていると納期に間に合わない。
 b 契約書の締結を要求すると同業他社に仕事をとられる。
  これは、ある程度作業を始めると、既成事実が作れるので、相手方が他社に乗り換えることも出来なくなるという発想です(既成事実化、囲い込み)。
 B 仕事をさせる側の事情
 まあ何とかなるだろう(甘い見通し)。契約書を締結できれば、それでよし。気に入らなければ、契約書がないのだから合意を否定することも出来るのではないか。
 
契約書作成の時間的費用的コストが問題となっているようです。
しかし、これがトラブルの元なのです。
少なくとも作業を始めるにあたっての合意書・確認書を作成して、仕事の開始についての相手方の了解を明確にしておくべきです。



3 よくあるトラブル
仕事に着手する前に合意をするべきであった。

契約書がない場合のトラブルのパターンでよくあるのは、契約が成立している、してないで争われること。そして、契約内容についての争いです。

後者については、契約不備と同様な問題があるので、契約が不備の場合を見て下さい。
ここでは、前者、つまり、契約が成立しているか否かについて見てみます。


契約書がないのに作業を始めてしまった。
こちらは、口頭で契約は成立していたと主張します。
相手方は、まだ交渉段階だったと言って契約の合意の存在を否定します。
これが、よくあるパターンです。


未だ交渉段階と言う主張
単なる打ち合わせにおいて、互いに了解しただけでは、交渉の過程に過ぎず契約が成立しているとはされにくいという主張がよくなされます。
相手方は、一方的に作業を開始しただけで、なんの説明も受けていない。

一部の要式契約を除いて、契約は口頭でも成立しますが、それはあくまで口頭で合意が成立したと立証が出来たらの話です。
契約書がない場合、それに代わって契約の成立を立証する証拠を探さなければいけません。これは、結構楽ではありません。裁判上も契約書がないのは、相当不利であることは覚悟しないといけませんし、仮に契約が認められても今度は、その内容の立証が一苦労となります。


これに対して、作業を始めた側としては、
契約書に代わるものが見つかればよいのでしょう。
例え交渉段階であったとしても、ある条件を満たせば(停止条件)契約を締結する旨の覚書の存在(停止条件付合意)なんかがあって助かった事例もあります。

しかし、何もなければ、
相手方も契約の履行に着手していたことを認識していた。だから、契約は成立していたはずだ、少なくとも黙示には成立していたはずだ。
と言うことになります。


このように言わせないためにも、
勝手に作業を始めたなどと、傍観していないで、

すばやい異議や抗議

をするべきでしょう。


いずれにしろ、契約書がない方がやはり不利です。また、契約の成立があったと認定されてもその条件はどうなるのかが争われることになります(どちらの責任でどちらがいくら負担するのかなど)。
やはり、きちっとした契約書による正式な発注を待って作業を開始するのが一番のリスク回避です。



二 契約書が不備である
せっかく契約書を作っても不備があると、またトラブルの元となります。


1 何をする契約か?
単なる請負契約なのか、準委任契約なのか、共同開発契約なのか、相手に開発させる契約なのか、開発後の独占販売契約もセットにされた契約なのか
これによって、中途で開発がストップした場合など何か問題が生じたときの費用負担、権利の帰属に影響が生じることがあります。


2 個別契約と基本契約
取引スキームの全体像を基本契約によって共有化しておくと、お互いの誤解から生じるトラブルが生じにくくなります。また、個別契約の位置づけを明確にすることにより、お互いの役割分担・責任の明確化を図ることが重要です。


一個の契約か複合契約かが争われることもあります。
複数の契約が交わされたとき、ある契約については履行が完了したが、全体の履行は終了していない場合にトラブルが生じます。
発注者側は、全体が終了していないから報酬は発生していない。
受注者側は、1つの契約については、履行されているので代金の支払い義務が生じている。
と主張します。

この場合、対価の支払い条件を明確にする必要があります。


3 業務の範囲の明確化
Aという作業内容と、それに隣接したBという作業内容があったとします。
よくあるのが、
発注者側から、Bが履行されていないから、契約上の債務は履行されていない。だから代金は支払わない。Bが履行されていないのだから、債務不履行の損害賠償を請求する。
受注者側から、契約の範囲はAだけだ。Bは、契約の範囲外だから別料金を支払え。

さて、AだけでなくBも契約内容に含まれていたのでしょうか。
隣接業務・関連業務が問題となりやすいようです。

契約書においては、業務の範囲を明確にする必要があります。


4 責任の明確化、分担内容、誠実協力
これは、各々がすべきことが明確にされていない場合にトラブルが生じます。
例えば、
履行の遅延が生じたのは、相手の協力がなかったのが原因である。
相手方の意思決定が遅いから遅れた。
いや、相手方の進め方が悪い、相手方の能力不足が原因だ。
こういう事例では、なんて不誠実なんだろうかと相手に対する不信感が積もりに積もってお互いにフラストレーションが溜まっています。

これに対処するためには、お互いの密接な連携が必要であり、責任者を明確にする必要があります。
お互いに問題点を共有し、互いに協力できていれば問題は生じなかったはずです。

そこで、契約書においては、各々の役割を明確化にし、各々の役割分担、責任の所在を明確化にしなければなりません。
能力のある担当責任者を決め、責任者同士の定期的な報告、会議などをするべきでしょう。


5 仕事の明確化
仕事は完成しました。しかし、

仕事の結果が基準を満たしていない。
仕様が分からないため、予想外の余分な費用がかかってしまった。

などと、トラブルが発生することがあります。

社会常識で、完成の基準がある程度明確であればよいのですが、システム開発や特別な用途がある場合などは、要求する仕事の水準を明確にしておく必要があるでしょう。


6 仕事内容の変更
予想外の事態が生じるなどして、途中で仕事内容が変更されることもあります。
があったときはどうするのか。変更後も同様の問題。
中途で当初見込みより費用が増加した。

リフォームなどの請負契約などに多いのですが、あらゆる場面でよく見られ、トラブルの大きな発生ポイントです。

請負契約においては、変更後の契約がない場合、当初の契約の存在が有利なようです。仮に、変更が認められても、追加費用がいくらになるかも困難な問題です。

まず、前提条件や業務内容を記載して、どういう内容の契約なのかを明確にする必要があります。これらが明確でないと、それがそもそも変更なのかどうなのかすら判断の予測が立たなくなるからです。
そして、変更条件・手続を明確化にします。
なお、発注者が地方自治体の場合、予算に議会の承認を必要とするので追加費用には慎重となりますので、当初契約にはより注意が必要でしょう。


7 用語の統一、不明確な用語
これもお互いの誤解の原因になりますし、お互いに予測が出来なくなります。
不明確な用語は避けるべきですが使わざるを得ない場合には、注釈や意味を明確にする覚書を交わしたりします。


8 権利の帰属の明確化
所有権や知的財産権は、どちらが取得するのか。また、何時、どのような条件で取得するのか。
契約が中途で終わってしまった場合、トラブルになる恐れがあります。
万が一のことを考え、できるだけ明確に規定しましょう。