東京高決平成22年1月26日判タ1319号270頁

移送申立却下決定に対する抗告事件

本件は、被告の消費者金融業者の使用する金銭消費貸借基本契約書等に以下の管轄合意の条項がありました。


「債権者の本社又は営業所所在地を管轄する裁判所を合意管轄裁判所とする」


そこで、原告ら(借り手側)は、被告に東京支店があることから、東京地方裁判所に訴訟を提起し、被告(業者側!)が管轄を争ったところ原審は、管轄を認める決定をしたことから、被告が東京高裁に抗告したという事案です。


1 合意管轄条項の有効、無効
まず、このような合意管轄条項は無効なのでしょうか?


「乙の本社または乙の選択する裁判所」を管轄裁判所とする条項が存する自動車リース契約について、


東京地決平成15年12月5日判タ1144号283頁は、


「本件管轄合意条項は,(「乙の本社」という点を除けば,)原告において訴訟を提起する裁判所を一方的に任意に選択し得る趣旨になっているが,このような恣意的な規定は,一般的に相手方の実質的な防御の機会を一方的に奪うものであり,管轄の合意としては,無効と解すべきである。
 仮に,本件管轄合意条項を限定的に有効に解するとすれば,リース契約について紛争が生じた場合には,本社又は当該リース契約の締結を担当した支店(登記の有無にかかわらない。)若しくは営業所(代理店,特約店等を含む。)の所在地を管轄裁判所とする旨の合意と解するのが相当である。」
と判示して、東京地方裁判所には管轄がないとし、原告の住所地を管轄する岡山地方裁判所倉敷支部へ民訴法16条1項により移送決定をしました。


これに対して、被告は、抗告をしましたが、東京高決平成16年2月3日判タ1152号283頁は、原決定と同様の決定をしました。


「仮に」が気になりますが、一方的な管轄合意の規定を無効と判断した決定になります。


「債権者の本支店の所在地を管轄する裁判所を管轄裁判所とする」管轄合意の条項について、横浜地決平成15年7月7日判時1841号120頁は、


「被告(債務者)の無思慮急迫状況のもとにされた管轄の合意として無効というべきであるのみならず、本件管轄合意条項は、原告手形の支払地、振出地及び被告(債務者)の住所地いかんにかかわらず、原告が全国に散在する上記五〇箇所の本支店所在地を管轄するいずれかの裁判所を任意に一方的に選択して訴えを提起することを可能とする内容の管轄合意なのであって」、「それ自体、一般的に被告から実質的な防御の機会を一方的に奪うものとして管轄の合意としては無効と解すべきである。」


と判示しました。


本件はこれに近いと言えそうです。


そこで、被告は、本件管轄合意条項が無効であると主張して、日本全国に散らばる原告らの住所地を管轄する裁判所への移送を申し立てました。


これについて、本決定は、
「本件管轄合意条項は,必ずしも契約当事者の一方(特に抗告人)のみを利するものではない(条項作成者である抗告人においてのみ,訴訟を提起する裁判所を任意に選択し得るとするような恣意的な規定ではない。)から,当然に無効とするまでのことはなく,本件管轄合意条項の恣意的な運用による訴訟提起については,民事訴訟法17条による移送により十分に対応することができるものであり,基本事件のような共同訴訟については,共通の審理により,費用・時間・労力等の節減が図られる可能性があると認められるところ,この利点は,抗告人においても認められるところである。」
として、恣意的規定でないから無効ではないとしました。
無効でないとしても、全国各支店に合意管轄が認められるので、業者が恣意的に不便な支店に訴訟を提起しても民訴17条による移送により例えば顧客の住所地に近い支店の裁判所に移送するなどにより対応することができるということです(なお、適当な支店がない場合については、後述4の問題に絡んできます。)。


2 禁反言
本決定は、無効とするまでのことはないとする前に、「抗告人が自ら定めて取引の相手方をして合意させた本件管轄合意条項が無効であると主張することは禁反言の原則に反し許されない」としています。
これは、自らこのような条項を定めて合意させた張本人が、この合意の効力を否定、すなわち無効を主張すること自体許されないと言うことです。


3 消費者契約法10条
事案によっては、専属管轄の合意が消費者契約法10条により無効とされる可能性もあります。この条文が使えるか否かは注意するべきでしょう。
(第十条  民法 、商法 (明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。)


4 管轄合意が有効とされた場合の裁量移送
本件では、顧客側が管轄合意を利用していましたが、業者に一方的に有利な管轄合意がなされる場合もあり、かつ、一方的に任意に選択できるというわけではなく無効とまでは言えない場合もあります。


そのような場合には、民訴法17条による移送を申し立てることになります。


この場合、裁判例においては、業者側の負担(支店の所在、経済規模など)と顧客側の負担(費用負担、時間的負担、経済規模(零細企業かなど)など)、契約のなされた場所、人証予定者等立証手段の所在地などが考慮されています。


なお、争点整理が電話会議による弁論準備手続や書面による準備手続で可能であることは、移送が認められない方向に働きますが(東京高決平成12年3月17日金法1587号69頁参照)、電話会議では十分な争点整理が出来ない場合や、人証予定者の所在地が顧客所在地側にあるという事情などは、これを打ち消す方向に働くようです(大阪地決平成13年4月5日判タ1092号294頁参照)。