平成22年09月09日損害賠償等請求本訴,同反訴事件

最一判平成22年09月09日


<事案>
ある土地の転借人が、その土地の上に所有する転借人の建物に根抵当権を設定しました。
その際、土地所有者と土地の賃借人(つまり転貸人)は、根抵当権者に対して、転借人が地代を支払わないなど借地権が消滅する恐れのある事実が生じた場合は、根抵当権者に通知して、借地権の保全に努める義務を負うという趣旨の念書を交わしました。
 ところが、土地所有者と土地の賃借人は、転借人の地代不払いを通知せず、転貸借契約は解除されて、建物も収去され根抵当権も消えてしまいました。
 そこで、根抵当権者が、念書で交わした約束違反を理由に土地所有者と土地賃借人に債務不履行塔の損害賠償を支払えと訴えた事件です。


主な争点は、この念書によって土地所有者と土地賃借人が法的な義務を負うのか否かです。


原審は,この念書により地代不払いを転貸借契約の解除までに根抵当権者に通知する義務を負うとし、1500万円の請求のうち980万円を損害額とした上で、8割の過失相殺をして、196万円の請求を認めました。


<判旨>
最高裁は、本件念書に、前記事前通知の内容が明記されていて、所有者と土地賃借人は、念書の内容を事前に十分に検討できる機会があって署名押印又は記名押印をしたのだから、同人らは条項の趣旨を理解していた。だから、本件念書を差し入れることで、前記義務を負い、損害賠償請求が信義則に反する場合を別として、この義務の不履行によって根抵当権者が負った損害を賠償する責任を負うとしました。
 なお、所有者と土地賃借人が、本件念書の内容、効力等につき根抵当権者から直接説明を受けてなく、本件念書の差入れについて根抵当権者から対価の支払を受けていなくても同じとしました。
また、賃借人が不動産賃貸借会社であることや本件念書を差し入れるに至った経緯、賃借人が本件転貸借契約を解除するに至った経緯等諸般の事情にかんがみると、損害賠償を請求することが信義則に反し許されないとまではいえないとして、原審の判断を相当としました。

本件念書にある事前通知条項による通知義務を法的義務とすることは、借地権付建物の担保取引の実情に即し相当であるが、土地所有者に長期に対価もなく法的に拘束することが実質的に公平でなく不合理ではないかということについて補足されています。


これについて、賃借人の賃料滞納の際、土地賃貸人が抵当権者に通知すれば、滞納分を抵当権者が代払いしてくれる可能性が高く、通知しないで賃貸借契約解除し、建物収去の争訟をすると相当期間賃料収入を失うばかりか、建物取壊費用を負担しなければならなくなることもある。経済的合理性に反してまで賃貸借契約を終了させようとする事例では、賃借人との通謀が疑われる場合もあるが、新規賃借希望者がいてこれと新たに賃貸借契約を締結したいという意図を有している場合が少なくない。
借地人が地上建物を建築する資金を金融機関から借り入れる場合、賃貸借契約締結の際に、借地人が金融機関から資金を借り入れるために必要な協力をすることが約定され、通常はその対価も権利金額等の設定において考慮されが、こうした協力をして、土地賃貸借契約の締結が円滑に実現することは,賃貸人にとっても有益である。
このようなことから、通知義務を法的義務としても賃貸人に均衡を失して不利になることは希であるとしました。


なお、今後は、金融機関においては、本件事案のように過失相殺があり得ることにも配慮し、債務者及び担保物について適切に管理するとともに、賃貸人に対し承諾文書に関し説明し、その写しを交付することなど賃貸人の理解に欠けるところがないよう実務を改めることが必要となろう。
 と釘を刺しています。
 本最高裁判例では、過失相殺の内容がわかりませんが、このようなことが考慮されたのではないかと推測されます。


 本件の詳しい事情は分かりませんが、所有者と土地賃借人が、さっさと建物を収去したい事情があったのか、はたまた、念書の写しが交付されなかったことから、念書の存在・内容を失念していたことも十分考えられます。後者の事態は、簡単に避けられるので注意するべきでしょう。なお、たまに片方の署名捺印しかない念書が交付されることがありますが、署名捺印がない方に不利な内容の念書の場合、例え両者に交付されていても、あとあと紛争になる恐れが大なので要注意です(実際にありました。)。
 ちなみに本件土地所有者は親子で、土地賃借人会社の代表者は土地所有者(親)でした。