平成22年09月10日損害賠償請求事件

最二判平成22年09月10日


<事案>
本件は、茨木市長が平成7年度から同16年度にかけて各年度の6月及び12月に同市の臨時的任用職員に対し一時金(期末手当)を支給したことが違法な公金の支出に当たるとして、同市の住民らが、同市に対し、同法242条の2第1項4号に基づき、その支給当時の市長に損害賠償の請求をするように求めた事案です。


<争点>
1 非常勤の職員に期末手当を支給することについて
地方自治法上違法
 地方自治法上、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかなければ、非常勤の職員(旧203条第一項、現203条の2第一項)、常勤の職員(204条第一項)に支給できないとされています(204条の2)。
 ところが、期末手当の支給について常勤の職員、議会の議員については規定がありますが(204条1項、2項、203条4項)、非常勤の職員については規定がない(旧203条1項3項、現203条の2第1項3項)という条文構造から非常勤の職員に期末手当を支給することは違法とされています。


2 本件臨時的任用職員は、常勤の職員にあたるか
原審:週3日以上勤務するというだけでは常勤の職員にあたらない。
最高裁:原審是認
 非常勤の職員に対する期末手当の支給は違法であるので、臨時的任用職員に対する期末手当が適法であるとするには、同職員を常勤と評価するほかなく、最高裁は、鄯勤務に要する時間に照らして、勤務が通常の勤務形態の正規職員に準じるものとして常勤と評価できる程度のもので、かつ、支給される手当の性質からみて、鄱職務の内容及びその勤務を継続する期間等の諸事情にかんがみ、その支給の決定が合理的な裁量の範囲内であるといえることを要するとしました。
 結論として週3日程度では、常勤と評価できないとして違法としました。


3 条例に手当の支給額を定めないまま一時金の支給をしたことについて
原審:地方自治法上違法
最高裁:原審是認
 地方自治法は、常勤の職員であると非常勤の職員であるとを問わず、その給与の額及び支給方法を条例で定めなければならないと規定している(旧203条5項、現203条4項、現203条の2第4項、204条3項)。
 この規定の趣旨は、地方公務員の給与に対する民主的統制を図ること、地方公務員の給与を条例によって保障することである。
 よって、条例で定めないことは許されないとしました。
 

4 臨時的任用職員に対する期末手当の支給額等の定めを規則に委ねたことについて
原審:地方自治法上違法
最高裁:原審是認
 前記地方自治法の規定の趣旨から、規則への委任については、条例で一定の細則的事項を規則等に委任することは許され得るが基本的事項を規則等に委任することは許されない。
 臨時的任用職員については、あらかじめ条例で定め難いことも考えられるが、法の趣旨からすると、少なくとも、給与の額等を定めるに当たって依拠すべき一般的基準等の基本的事項は、可能な限り条例において定められるべきである。
 したがって、手当の額及び支給方法又はそれらに係る基本的事項について条例に定めのないまま行われた本件一時金の支給は、違法であるとしました。


5 本件期末手当を支給した市長の過失
原審:本件一時金の支給は、旧条例下で条例の根拠を欠いてなさたものであり、当時の市長はその違法を容易に知り得たのだから、支給にかかる決済をしたことにつき過失がある。
最高裁:過失はない。 
 本件支給当時、手当の支給について、勤職員と非常勤職員の区別の基準を直接読み取れる具体的な法令の定め、行政実例又は裁判例があったとはうかがわれず、本判決の解釈を採るべきであるとの認識が一般に実務において共有されていたともうかがわれない。
 このような事情に照らすと、当時の市長が、勤務日数週3日程度の臨時的任用職員への一時金を支給することの適法性について調査をしなかったことが注意義務に違反するとか法の要件を満たすものでないことを容易に知り得たとはいい難い。
 国家公務員の場合、各庁の長が、予算の範囲内で非常勤の職員の給与を支給するものと定められていること(一般職の職員の給与に関する法律22条2項)、昭和36年回答は、明示的に回答しておらず、許容する趣旨の回答であると解する余地もあること、平成19年4月25日の時点における大阪府及び同府内の各市における規定の状況。
 これらの事情に照らし、当時の市長が旧条例の定めの適法性について調査をしなかったことがその注意義務に違反するものとまではいえず、これを支給することが同法の上記規定に反するものであることを容易に知り得たとはいい難い。
 として、当時の市長の過失を否定しました。


<裁判官千葉勝美の補足意見>
 同補足意見は、臨時的任用職員の実態を述べ、常勤とまで評価できないが勤務時間や期間が長い者がおり、生活給的な手当てを支給する必要性があることに理解を示しつつも、地方自治法の規定から、適法に支給するためには、当該職員の勤務実態を常勤と評価されるようなものに改め、これを恒常的に任用する必要があるときには、正規職員として任命替えを行う方向での法的、行政的手当を執るべきであろうと述べています。
 また、給与の額及び支給方法又はそれにかかる基本的事項について条例で定めるべきことが要請されていることから(204条の2等)、臨時に生じた事務に係るものであっても、少なくとも給与の額等を定める際の一般的基準等の基本事項は条例に盛り込む必要があり、これらの対応のためには、当該地方公共団体の人的体制・定員管理の在り方や人件費の額等についての全体的な検討を余儀なくされる場面も生じようと述べています。


 これについては、各自治体においても条例の点検が必要になるでしょう。どの程度盛り込めばよいかは難しい問題でしょうが、少なくとも過去の臨時職員の運用について類型化し、常勤職員の職務形態・給与なども参考にしつつ一般的な基準を作る作業は必要になると思います。
 今回の判例以降も条例を改正しない場合には、過失が認められる可能性が高くなり、市長が損害賠償責任を追及される可能性が一段と高くなるでしょう。


 同補足意見も、「本判決の言渡し後は、臨時的任用職員に対する手当等の支給については、地方自治法204条2項及び同法204条の2の要件との関係で、その適法性の有無を早急に調査すべきである。」と述べています。
 さらに、「漫然と条例を改正しないまま手当等の支給を続けるときには、当該地方公共団体の長は、違法な手当等の支給について過失があるとして損害賠償責任が追及されることにもなろう。」と述べ、「条例改正のために要する合理的な期間を徒過してもなお条例の改正がされず、違法な支給を継続する場合には、もはや過失がないとはいい難く、今後の司法判断において、厳しい見解が示される可能性があることを留意すべきである。」と述べています。



○ 地方自治法
旧203条 普通地方公共団体は、その議会の議員、委員会の委員、非常勤の監査委員その他の委員、自治紛争処理委員、審査会、審議会及び調査会等の委員その他の構成員、専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員(短時間勤務職員を除く。)に対し、報酬を支給しなければならない。
2 前項の職員の中議会の議員以外の者に対する報酬は、その勤務日数に応じてこれを支給する。但し、条例で特別の定めをした場合は、この限りでない。
3 第一項のものは、職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる。
4 普通地方公共団体は、条例で、その議会の議員に対し、期末手当を支給することができる。
5 報酬、費用弁償及び期末手当の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。

現203条 普通地方公共団体は、その議会の議員に対し、議員報酬を支給しなければならない。
2 普通地方公共団体の議会の議員は、職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる。
3 普通地方公共団体は、条例で、その議会の議員に対し、期末手当を支給することができる。
4 議員報酬、費用弁償及び期末手当の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。


203条の2 普通地方公共団体は、その委員会の委員、非常勤の監査委員その他の委員、自治紛争処理委員、審査会、審議会及び調査会等の委員その他の構成員、専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員(短時間勤務職員を除く。)に対し、報酬を支給しなければならない。
2 前項の職員に対する報酬は、その勤務日数に応じてこれを支給する。ただし、条例で特別の定めをした場合は、この限りでない。
3 第一項の職員は、職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる。
4 報酬及び費用弁償の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。

204条 普通地方公共団体は、普通地方公共団体の長及びその補助機関たる常勤の職員、委員会の常勤の委員、常勤の監査委員、議会の事務局長又は書記長、書記その他の常勤の職員、委員会の事務局長若しくは書記長、委員の事務局長又は委員会若しくは委員の事務を補助する書記その他の常勤の職員その他普通地方公共団体の常勤の職員並びに短時間勤務職員に対し、給料及び旅費を支給しなければならない。
2 普通地方公共団体は、条例で、前項の職員に対し、扶養手当、地域手当、住居手当、初任給調整手当、通勤手当、単身赴任手当、特殊勤務手当、特地勤務手当(これに準ずる手当を含む。)、へき地手当(これに準ずる手当を含む。)、時間外勤務手当、宿日直手当、管理職員特別勤務手当、夜間勤務手当、休日勤務手当、管理職手当、期末手当、勤勉手当、寒冷地手当、特定任期付職員業績手当、任期付研究員業績手当、義務教育等教員特別手当、定時制通信教育手当、産業教育手当、農林漁業普及指導手当、災害派遣手当(武力攻撃災害等派遣手当を含む。)又は退職手当を支給することができる。
3 給料、手当及び旅費の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。

204条の2  普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには、これをその議会の議員、第二百三条の二第一項の職員及び前条第一項の職員に支給することができない。


○ 茨木市例規
一般職の職員の給与に関する条例には、本件一時金の支給当時、臨時的任用職員の給与についての定めは置かれていなかった。
本訴提起後の平成17年11月、臨時的任用職員の給与に関する規定の新設を内容とする前記一般職の職員の給与に関する条例の改正を行い、新条例は同年12月1日から施行された。
新条例においては、?臨時的任用職員の賃金は、日給又は時間給とし、日額1万3000円又は時間額1730円の範囲内において、規則で定める基準に従い任命権者が別に定める(36条1項本文)、?臨時的任用職員のうち規則で定める者については、規則で定める通勤手当相当分及び期末手当相当分の賃金を支給することができる(同条2項)、?新条例の施行日の前日までに臨時的任用職員に支給された賃金(通勤手当相当分及び期末手当相当分を含む。)は、新条例及びこれに基づく規則の相当規定に基づき支給された賃金とみなす(附則4項)等の規定が設けられた。
また、新条例を受けて制定された臨時的任用職員に関する規則においては、新条例に定められた期末手当相当分の賃金の支給額-及び支給要件につき、本件一時金の支給に係る従前の運用におけるものと同じ内容の規定が置かれた。


○ 昭和36年回答
昭和36年5月5日自治丁公発第47号高知県総務部長あて公務員課長回答「臨時職員の給与の取り扱いについて」
照会事項:一般職の職員の給与に関する条例中に「臨時職員の給与については、この条例の規定にかかわらず予算の範囲内で任命権者が別に定める」と規定するのは、地方公務員法24条6項の規定に違反するか否か
回答:地方公務員法第22条の規定に基づく臨時的任用職員の給与については、他の職員と同様に給与に関する条例を適用すべきものであるが、同条例中に特別の定をして差支えないものと解する。」