平成22年09月13日損害賠償請求事件

最一判平成22年09月13日


事案
本件は、交通事故によって傷害を受け、その後に後遺障害が残ったXが、加害車両の運転者で保有者であるYに対し、民法709条又は自動車損害賠償保障法3条に基づき、損害賠償を求めた事案。


争点
労災保険法に基づく各種保険給付、国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法に基づく障害厚生年金との間で行う損益相殺的な調整、これらが損害金の元本及びこれに対する遅延損害金の全部を消滅させるのに足りないときは、これらをまず各てん補の日までに生じている遅延損害金に充当し、次いで元本に充当すべきか(X)
上記の各給付は損害金の元本との間で損益相殺的な調整をすべきであり、これによって消滅した損害金の元本に対する遅延損害金は発生しないと解すべきか(Y)


原審
(1) 本件各保険給付は、支払原因が生ずる都度、治療費を病院に支払い、休業期間に対応する給付金をXに支払うなどしてされたものであり、上記各支払により治療費等の療養に要する費用又は休業損害金の元本がてん補されたことは明らかであって、遅滞による損害が実質的には生じていなかったことからすると、上記てん補に係る損害に対する本件事故の発生の日から各てん補の日までの遅延損害金が生ずると解することは、損害の公平な分担という観点からして相当でない。
(2) 本件各年金給付は、いずれもXの後遺障害による逸失利益をてん補するものであり、既に支給を受けた年金等及び口頭弁論終結日までに支給を受けることが確定した年金等の額の限度で、上記逸失利益との間で損益相殺的な調整を行うことができるところ、本件各年金給付が支給される時点における逸失利益の元本及びこれに対する遅延損害金の全部を消滅させるのに足りないときは、これをまず各てん補の日(ただし、支給を受けることが確定した年金等については口頭弁論終結日)までに生じている遅延損害金に、次いで元本に充当すべきである。


最高裁
原審の(1)の判断は是認
(2)の判断は是認できない。
被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁)。そして、被害者が、不法行為によって傷害を受け、その後に後遺障害が残った場合において、労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付を受けたときは、これらの社会保険給付は、それぞれの制度の趣旨目的に従い、特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから、同給付については、てん補の対象となる特定の損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有する損害の元本との間で、損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。」


「そして、不法行為による損害賠償債務は、不法行為の時に発生し、かつ、何らの催告を要することなく遅滞に陥るものと解されるが」、「被害者が不法行為によって傷害を受け、その後に後遺障害が残った場合においては、不法行為の時から相当な時間が経過した後に現実化する損害につき、不確実、不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に、不法行為の時におけるその額を算定せざるを得ない。その額の算定に当たっては、一般に、不法行為の時から損害が現実化する時までの間の中間利息が必ずしも厳密に控除されるわけではないこと、上記の場合に支給される労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付は、それぞれの制度の趣旨目的に従い、特定の損害について必要額をてん補するために、てん補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給されることが予定されていることなどを考慮すると、制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り、これらが支給され、又は支給されることが確定することにより、そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが、公平の見地からみて相当というべきである。」
「前記事実関係によれば、本件各保険給付及び本件各年金給付は、その制度の予定するところに従って、てん補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給され、又は支給されることが確定したものということができるから、そのてん補の対象となる損害は本件事故の日にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をするのが相当である。」


本判決は、最高裁平成16年(受)第525号同年12月20日第二小法廷判決・裁判集民事215号987頁は,事案を異にし,本件に適切でないとしています。
この判決は、自賠責保険金、遺族厚生年金、労災補償年金の事案で、
 「本件自賠責保険金等によっててん補される損害についても、本件事故時から本件自賠責保険金等の支払日までの間の遅延損害金が既に発生していたのであるから、本件自賠責保険金等が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは、遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものであることは明らかである(民法四九一条一項参照)。」
と判示しています。

制度の趣旨目的が違うと言うことなのだとは思いますが、率直のところ、まだよくわかりません。
判例解説が待たれるところです。

平成16年の方は、既に発生した賠償金を填補するというものだというところなのか?自賠責の場合、損害費目の制限がないとかが影響しているのだろうか。遺族補償年金や遺族厚生年金は、控除できる費目が消極損害に限られるはずだから、本件とどう異なるのか。

もう少し考えてみる必要がありそうです。