団体交渉権を根拠に経営者宅に押しかけるのは違法


団体交渉権だからと言って、何でも許されるわけではありません。


 近頃の不況で、倒産寸前のX社がありました。
 会社を畳むにあたり、従業員を全員解雇せざるを得ませんでした。
 ところが、あるとき、解雇した従業員Aさんが所属するY労働組合の構成員を名乗る者がAさんと共に、X社の社長さんの自宅に押しかけてきました。
 Y労働組合の構成員は、応対に出た社長さんに名刺を渡し、不当解雇だと社長さんに怒鳴りつけたあげく、「自宅前で街宣したりビラ配りしたりすることも出来るんだぞ。」と言い残して帰って行きました。社長さんは最初は冷静に対応していましたが、徐々に腹が立ってきて「やれるもんならやってみろ」と言い返してしまいました。


 さて、Y労働組合の構成員の言ったことは正しいのでしょうか。


 まず、労働者に労働基本権があることは、言うまでもないことで、そのうちの団体交渉権は、労働者の当然の権利です。
 しかし、いくら労働者の権利だからと言って、水戸黄門の印籠のごとく全ての権利に優越する絶対的なものなのでしょうか。
 過激な労働組合ですと、労働者=善、経営者=悪と決めつけ、労働者の権利を絶対的なものと考え、これを制約するものは全て不当なものと決めつけて行動する人たちもいます。
 確かに、労働基本権は重要です。
 しかし、経営者も経営者である前に、一人の個人であり、安寧に私生活を営む権利があります。労使関係の問題は、労使関係の生じた場すなわち会社において解決するべきでしょう。
 したがって、会社に対してはともかく、個人の私生活の領域を侵すような行為は違法であり、差し止め請求や損害賠償請求の対象となるばかりでなく、態様によっては刑法に違反する場合もあります。


以上のようなことが争われた裁判例があります。
○ 東京高判平成17年6月29日労働判例927号67頁

 本件は、A社の従業員Y1が普通解雇され、Y1は解雇の効力を裁判で争ったが敗訴しました。
Y1は、普通解雇後に労働組合に加入しており、同労働組合の組合員Y2は、A社及びA社社長Xは、の自宅周辺で街宣活動を始めました。
 これに対しXは、Xの平穏に生活を営む権利、A社は、平穏に営業活動を営む権利がそれぞれ侵害されたとして、Yらに対し、A社及びXの自宅に赴いて、面会を供用することや半径200メートル以内での街宣活動を求めると共に、名誉ないし業務、信用を害したとして、それぞれ75万円と460万円の損害賠償請求を起こしました。
 これに対し、Yらは、街宣行為は、解雇撤回及び職場復帰を求めるため団体交渉を要求した正当な権利行使であるなどと主張して、争いました。


 原審は、Xらの主張をほぼ認め、半径150メートルの街宣行為の禁止と、X50万円、A150万円の損害賠償請求が認められました。Yらは控訴しました。


 結論としては、控訴は棄却されました。なお、上告の申立は、上告棄却・不受理となったようです。


 本件の特殊性として、解雇の効力を争う判決が確定していたということがあり、これにより解雇の効力等の問題については、解決済みとされ、団体交渉に応じる義務もないとされたことがあります。
 とりわけ、会社に対する街宣行為が違法とされたことは、確定判決により既に解決済みの問題を蒸し返したことが影響しており、社会通念に反しない限り、通常は違法にはならないでしょう(後掲東京地判平成21年2月20日判時2058号147頁参照)。


この判決の中で、示唆に富むことが書かれていますので、取り上げてみます。
労働組合は,労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を主たる目的として組織された団体であって,その活動に対して一定の社会的な役割を期待されている存在である。そして,そのような存在であるからこそ,労働組合としては,相当の見識を持って,自らの団体行動の結果が他の国民の有する自由権及び財産権などの基本的な権利を侵すことがないように配慮し,権利の全体的な調和を図っていくように努めていく責務があるというべきである。
社会的役割が大きいからこそ、相応する責務があるということであり、何でも許されるというわけではありません。社会の体制自体に不満があったとしても、やはり社会全体のルールには従わなければなりません。


「控訴人らの上記の活動は,労働者の団結のためや,一般労働者の経済的地位の向上のためというよりも,単に,控訴人らの解雇撤回又は職場復帰の要求を被控訴人会社に押し付けることを目的として行っているにすぎず,労働組合に対して与えられている権限を濫用し,被控訴人らに対する執拗な嫌がらせ行為を行っているものといわざるを得ない。」
労組側は、当該労働事件のためだけではなく、労働者の団結のため、一般労働者の経済的地位の向上のためという理由を掲げてくることは良くありますが、実質で判断されます。


○ 東京地判平成21年9月9日
 ある自動車教習所の労働組合が、組合員差別などの不当労働行為をされたなどとして、当該自動車教習所所長の自宅周辺でビラ配りや街宣活動を行ったという事案です。


判旨
労働組合及び労働者の使用者に対する正当な争議行為によって,当該労使関係とは無関係な第三者が損害を受けたとしても,これを受忍すべきことが要請されるというべきであり,したがって,被告らの行為が労働組合活動として正当である場合には,原告との関係においても違法性が阻却されることになる。そして,被告らの行為が正当なものといえるか否かは,その主体,目的,開始時期・手続,態様から判断すべきであり,特に,能様の点については,労働争議は基本的には労働関係の場において営まれるべきであるから,私生活の平穏を害することは原則として許されないと解される。」
 結論として、労働組合らに対する損害賠償請求を認めました。


 ちなみに、自宅兼事務所の場合は、別個に考えられるでしょう。
 おそらくは、営業時間外は、私生活の平穏が優先されるのではないかという気がします。


○ 東京地判平成21年2月20日判時2058号147頁
 雇い止めをされたことを不服とした労働組合が、会社の代表者宅に街宣活動を行った事案です。5回の団体交渉が行われたものの、ついに会社側は団交拒否をしたため、労働委員会に不当労働救済の申立をしたところ認められたため、会社は中央労働委員会に再審査の申立をしています。
 団交拒否の後、会社付近で月1回街宣活動が行われ、翌年から、月1回程度、日曜日を中心に、代表者自宅へ赴いて、面会を求めたり、団体交渉を求める申入書を投函したり、批判ビラを配布する等の街宣活動が行われています。


判旨
「一般に、労使関係の場で生じた問題は、労使関係の領域である職場領域で解決されるべきであり、その領域における労働組合の正当な団体行動は、違法性が阻却される。
 本件においては、被告組合の組合員である被告丙川の雇用問題をめぐって、労使が対立し、団体交渉を経た後、被告組合は、その解決のための団体行動として街宣活動を行ったものであり、正当な組合活動といい得るし、その手段、方法にいささか過激な点があるとしても、社会通念上許容される範囲のものというべきである。」
として、会社の請求は認めませんでした。


 他方、
「労使関係の場で生じた問題は、労使関係の領域である職場領域で解決すべきであって、企業経営者といえども、個人として、住居の平穏や地域社会ないし私生活の領域における名誉・信用が保護、尊重されるべきであるから、労働組合の諸権利は企業経営者の私生活の領域までは及ばないと解するのが相当である。したがって、労働組合の活動が企業経営者の私生活の領域において行われた場合には、当該活動は労働組合活動であることの故をもって正当化されるものではなく、それが、企業経営者の住居の平穏や地域社会(ないし私生活)における名誉・信用という具体的な法益を侵害しないものである限りにおいて、表現の自由の行使として相当性を有し、容認されることがあるにとどまるものと解するのが相当である。
 したがって、企業経営者は、自己の住居の平穏や地域社会ないし私生活における名誉・信用が侵害され、今後も侵害される蓋然性があるときには、これを差し止める権利を有しているし、これらの住居の平穏や名誉・信用が侵害された場合には、損害賠償を求めることもできるというべきである。」
として、代表者個人の差止め、損害賠償請求は認めました。