平成22年07月16日建物明渡等,賃借権確認請求事件

最二判平成22年07月16日

<事案>
被上告人(貸し主)が,本件賃貸借契約は定期建物賃貸借であり,期間の満了により終了したなどと主張して,上告人(借り主)に対し,本件建物の明渡しと賃料相当損害金の支払を求める訴え
上告人が,借地借家法38条2項所定の書面の交付及び説明がなく,上記賃貸借は定期建物賃貸借に当たらないと主張して,被上告人に対し,本件建物の賃借権を有することの確認を求める訴え

とが併合審理されている事案である。


<条文>
借地借家法38条
第1項 期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第三十条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。この場合には、第二十九条第一項の規定を適用しない。
第2項  前項の規定による建物の賃貸借をしようとするときは、建物の賃貸人は、あらかじめ、建物の賃借人に対し、同項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない。
第3項  建物の賃貸人が前項の規定による説明をしなかったときは、契約の更新がないこととする旨の定めは、無効とする。
(以下略)


38条2項書面については、契約書と別個の書面である必要があるとする説と、別個でなくても良いとする説がありますが、どうやら後説を採っているようです。


<前提事実>
本件賃貸借については,定期建物賃貸借契約公正証書が作成されています。
当該公正証書には,「被上告人が,上告人に対し,本件賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて,あらかじめ,その旨記載した書面を交付して説明したことを相互に確認する」旨の条項があり,その末尾には,「公証人役場において本件公正証書を作成し,被上告人代表者及び上告人に閲覧させたところ,各自これを承認した旨の記載」があります。


<判旨等>
原審は,当該公正証書の前記条項及び承認文言の存在から,説明書面の交付があったと推認して本件賃貸借契約は定期建物賃貸借であるとして,被上告人の請求を認容し,上告人の請求を棄却しました。


確かに、公正証書に書面を交付して説明したという文言があり、これを閲覧承認して署名捺印したということになれば、そのような書面をこうして説明したと考えても良さそうですが、


「記録によれば,現実に説明書面の交付があったことをうかがわせる証拠は,本件公正証書以外,何ら提出されていないし,被上告人は,本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことについて,具体的な主張をせず,単に,上告人において,本件賃貸借の締結時に,本件賃貸借が定期建物賃貸借であり,契約の更新がなく,期間の満了により終了することにつき説明を受け,また,本件公正証書作成時にも,公証人から本件公正証書を読み聞かされ,本件公正証書を閲覧することによって,上記と同様の説明を受けているから,法38条2項所定の説明義務は履行されたといえる旨の主張をするにとどまる。
これらの事情に照らすと,被上告人は,本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことにつき主張立証をしていないに等しく,それにもかかわらず,単に,本件公正証書に上記条項があり,上告人において本件公正証書の内容を承認していることのみから,法38条2項において賃貸借契約の締結に先立ち契約書とは別に交付するものとされている説明書面の交付があったとした原審の認定は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。」


として、破棄差戻しとなりました。


被上告人が,本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことについて,具体的な主張をしていないことがポイントのようです。
この判決をもって、本件公正証書の証拠価値が低いとまでは言えないと思いますが、要証事実を直接証明しているわけではない公正証書に頼りすぎてしまったことに問題があったのでしょうか。
具体的にどの程度の主張立証がなされたのかは、わかりませんが、公正証書による立証に頼りすぎて、書面を交付していたのであれば当然できるであろう主張さえされていないのでしょうか。「単に」以降の記載を見ると、書面の交付を失念したものの公正証書で確認したからいいだろうとして行うべきことをしなかったと疑われたのかもしれません。


いずれにしろ、公正証書だろうとなんであろうと、一つの書面に頼りすぎる主張立証は危険ですね。