平成22年07月12日地位確認請求事件

最二判平成22年07月12日

<事案>
被上告人が,平成17年改正前商法に基づき,新設分割の方法により,その事業部門の一部につき会社の分割をしたところ,これによって被上告人との間の労働契約が上記分割により設立された会社に承継されるとされた上告人らが,上記労働契約は,その承継手続に瑕疵があるので上記会社に承継されず,上記分割は上告人らに対する不法行為に当たるなどと主張して,被上告人に対し,労働契約上の地位確認及び損害賠償を求めた事案である。
日本IBM事件(東高平20.6.26労判963号16頁)の上告審です


<判旨の流れ>
承継される事業に「主」として従事する労働者については、ここの労働者の承諾が無くても、分割契約書等に定められたとおりに、承継会社に承継されます(会社法764条(ただし、本件当時は商法374条))。この場合、当該労働者は、異議を申し出ることができません。


そして、


平成12年商法等改正法附則第5条は、会社の分割に伴う労働契約の承継に関し,労働者と協議をすることを分割会社に求めています。


この趣旨について、判例は、
「上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから,分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するに先立ち,承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ,当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって,労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。」


とし、この趣旨に鑑みて


承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としている


としました。以上のことから、
上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。
また,5条協議が行われた場合であっても,その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には,分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。」


としましたが、結論としては、
被上告人の5条協議は不十分ではないとして、上告を棄却しました。


☆ 会社分割における労働契約の承継
会社分割において労働契約が承継されるかのメルクマールは、
1) 承継する業務に主として従事しているのか
2) 分割契約書等に承継させる旨の定めがあるのか
によります。


A1 主に従事している場合で、分割契約書等に承継の定めがある場合、
労働契約は、承継会社に承継されます。
 このとき、分割会社は、当該労働者の意義に応じる義務はありません。

A2 主に従事している場合で、分割契約書等に承継の定めがない場合、
労働契約は、承継会社に承継されません。
 この場合、当該労働者が、承継会社に承継されたいと考えた場合、異議を申出ると承継会社に承継されます。

B1 主に従事していない場合で、分割契約書等に承継の定めがある場合、
労働契約は、承継会社に承継されます。
 この場合、主に従事している場合(A1)と異なり、当該労働者が異議を申し出ると承継されません。

B2 主に従事していない場合で、分割契約書等に承継の定めがない場合、
労働契約は、承継会社に承継されません。


☆手続等
1 労働者及び労働組合への通知(承継法2条)
主に従事する労働者、承継会社に承継させる労働者、労働協約を締結している労働組合に対し、通知期限(会社分割を承認する総会の日の2週間前の日の前日。承認を要しない場合、分割契約が締結または作成された日から起算して2週間を経過する日)までに通知します。


2 労働者の理解と協力(承継法7条)
 全ての事業所において、当該事業所の労働者の過半数で組織する労働組合、当該労働組合がない場合は、労働者の過半数を代表する者と協議をして労働者の理解と協力を得られるよう努めなければなりません。
 協議事項としては、
1) 会社分割をする背景及び理由
2) 会社分割の効力発生日以後における分割会社及び承継会社等の債務の履行に関する事項
3) 労働協約の承継に関する事項
4) 会社分割にあたり、労働者との間に生じた問題の解決手続
 なお、これは、改正法附則5条の協議前に開始することが望ましいとされています。
 これに違反した場合、ただちに労働契約承継の効力を左右するものではありませんが、これに違反したことにより十分な情報提供がされなかったために改正法附則5条協議が実質を欠くことになったと判断された場合,同条違反とされる場合もあります(改正法附則5条違反の有無を判断する一事情として考慮されることがあります。)。


3 労働契約の承継に関する事前協議(平成12年商法等改正法附則5条)
承継される業務に従事する労働者と労働契約の承継に関して協議をする必要があります。
期限は、会社分割を承認する総会の日の2週間前の日の前日(承認を要しない場合、分割契約が締結または作成された日から起算して2週間を経過する日)までですが、十分な協議が出来る時間的余裕を見て開始するのが望ましいとされています。
 7条の協議が会社分割に関して労働者全体の理解と協力を得るためのものであるのに対し、本条は、承継される事業に従事する個別労働者の保護のための手続となっています。
 協議の当事者は、労働者個人ですが、労働組合代理人として選任することは可能です。
 本条の協議を全く行わなかった場合や、実質的にこれと同視できる場合は、会社分割の原因となる場合があります。

  • 協議内容

 承継会社の概要や、主に従事する労働者にあたるか等を十分に説明し、労働者の希望を聴取し、労働契約の承継の有無、今後の業務の内容、就業場所等を協議します。
 なお、本件では、代理人たる労働組合と7回の協議、3回の書面のやりとりがなされたようです。
 このとき、会社は、承継会社経営見通しについての数値等については、機密事項であるとして回答を拒否したものの、事業部門の売上は低迷しているが合弁の強みを活かすことでメリットが得られるなど回答し、これについては、承継会社の将来の経営判断に係る事情であるとして、相応の理由が認められています。
 また、労働者側の在籍出向等の要望を拒否しているが、これについても本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環であるとして、相応の理由が認められています。

 

  • 会社と労働者との間で、主として従事する労働者にあたるか争いがあり、協議で可決しなかった場合、

 都道府県労働局に相談するか、訴訟により解決をします。
 訴訟の場合、例えば、分割会社に対して、分割の効力発生日以後も、分割会社の労働者たる地位の保全及び確認を求めたり、承継会社に対して、承継会社の労働者ではないことの確認を求めることが出来ます。


4 労働条件、労働協約
労働契約は承継会社に包括的に承継されるので、労働条件もそのまま承継されます。変更する場合は、原則として労使間の合意を要します。
労働協約については、労働組合員が承継会社に承継されるときは、原則として、会社分割の効力が生じた日に、承継会社と労働組合との間で同一の内容の労働協約が締結されたものとみなされます(承継法6条)。