最二判平成22年07月09日損害賠償請求本訴,同反訴事件

最二判平成22年07月09日


<事案>
本件は,被上告人らが,経理担当だった上告人が横領等をしたと主張して,上告人に対して不法行為に基づく損害賠償等を請求する本訴を提起したが,一審で請求棄却されたため,控訴をしたところ,上告人が,本訴の提起が不法行為に当たるとして,損害賠償を請求する反訴を提起した事案である。


訴えられた人は、訴えられたこと自体が不当であり、自信に対する嫌がらせだと考えて、損害賠償を請求したいと思うことはよくあります。
しかし、実際は、相手方が、かなりおかしな主張をしていても訴訟提起が不法行為に当たるとされることは、ほとんど無いのが実情なんですよね。訴訟による解決という方法をとることを萎縮させてしまうし、裁判を受ける権利もあるので、訴訟手続の中で決着をつけるのが筋ということなんでしょう。


訴訟提起が不法行為にあたる(訴えの提起が相手方に対する違法な行為にあたる)には、
1 当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである。
2 提訴者が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起した

などにより,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られます(最三判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁,最一判平成11年4月22日裁判集民事193号85頁参照)。

「ちょっと無理かな」という主張はよくありますが、「著しく相当性を欠く」っていうのは、結構厳しいです。普通、訴状書けません。しかも、不法行為を主張する側が立証しないといけませんので、余程のものでなければ、これまた厳しいです。


原審は、本件横領行為等を全体的にみれば,X2が自己の主張する権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであることを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて本訴を提起したなど,本訴の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとまでは認めることができないとして,これを棄却しました。


<判旨>
原審は,横領行為等に係る小切手等の振出しや預貯金の払戻し等のほとんどについて,提訴者であるX2が自ら指示しており,小切手金や払戻し等に係る金員の多くを,X2自身が受領していると積極的に認定しています。

そこで、

「そうであれば,本訴請求は,そのほとんどにつき,事実的根拠を欠くものといわざるを得ないだけでなく,X2は,自らが行った上記事実と相反する事実に基づいて上告人の横領行為等を主張したことになるのであって,X2において記憶違いや通常人にもあり得る思い違いをしていたことなどの事情がない限りX2は,本訴で主張した権利が事実的根拠を欠くものであることを知っていたか,又は通常人であれば容易に知り得る状況にあった蓋然性が高く,本訴の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる可能性がある。


といって、


「原審は,請求原因事実と相反することとなるX2自らが行った事実を積極的に認定しながら,記憶違い等の上記の事情について何ら認定説示することなく,被上告人らにおいて本訴で主張する権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであることを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて本訴を提起したとはいえないなどとして,被上告人らの上告人に対する本訴提起に係る不法行為の成立を否定しているのであるから,この原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」


として、原審に、破棄差し戻しをしました。


なお、本件には、ほかにも
X1が上告人が5億円ほどの小切手を無断で振り出したと告訴をしたものの,遙かに小さい上告人は小切手金約34万円の業務上横領の嫌疑で逮捕勾留されたものの勾留期間満了前に釈放されたことや,本訴の請求金額が合計約3900万円に達することも考慮されています。


<雑感>
明らかに横領に当たらない事実を自分でやっておきながら、横領で提訴しているというのは、普通に考えたら、記憶違いか思い違いか、記憶喪失、脳疾患等々合理的な理由がない限り、主張した権利が事実的根拠を欠くものと知っていた(または、通常人であれば容易にそのことを知り得た・・・でも、これは厳密には記憶違いとか主観的理由に影響されない気がしますが、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠いているかの判断に主観的理由が影響してくるのだと考えます。)のだろう、つまり、自らの意思で、矛盾した行為をしているのだから、普通、後行行為である提訴にあたって、矛盾(つまり、根拠たる事実がない)を知ってやったのだろうだから、そうでないと認定するなら、そこんところをもう少し検討して下さいということでしょう。


今回の判決は、本訴で主張した権利そのものについて、明らかに自己矛盾の行為が認定されているので、破棄差し戻しされましたが、些末な自己矛盾やちょっとおかしな法的主張程度では、訴訟提起が不法行為となることは、まず無いので、「相手の訴えは単なる嫌がらせだ。事実無根だ」=「損害賠償」とはならないことは念のため。