株式会社の新設分割が詐害行為取消権の対象となることが肯定された事例

東京地判平成22年5月27日金融・商事判例1345号26頁


最近、会社分割を利用した債務逃れがしばしば起きているようです。
債務者が、会社を新設して、メイン事業を承継させ、取引債権債務も承継させたくせに、事業融資の債務は承継させず、すっからかんになった会社に残しておくというパターンです。いくら新設会社の株式をもっているから資産が変わらないなんて現実に通用するのかと非常に疑問に思っておりました。
業界に入りたての頃、この種の事案に直面して、赤面ものの回答をしてしまったという苦い思い出があります。


本件において、以下の点が争点となっています。
○新設分割は詐害行為取消権(民法424条)の対象になるか
※ 原告
新設分割も財産の移転を要素とするものだから財産権を目的とする法律行為にあたり詐害行為取消権の対象となる。事業譲渡と変わらないと言う主張です。
※ 被告
組織行為だから財産権を目的とする法律行為でないので詐害行為取消権の対象とならない。
※ 判例
「新設分割は、新設分割会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を新設分割設立会社に承継させる法律行為であり、その事業に関して有する権利義務であるから、新設分割は、財産権を目的とする法律行為にほかならない」。
として、原告と同様の立場に立ちました。


○分割無効の訴えとの関係
※ 被告
詐害行為取消権を認めると、法的安定性が害されることを防止しようとして分割無効の訴えに拠らしめるとした会社法の趣旨が没却される。
※ 原告
新設分割設立会社への承継の対象とされなかった債務の債権者は、新設分割に異議を述べることができず(会社法810条1項2号)、分割無効の訴えも提起することも出来ないのだから、分割無効の訴えに制限があることとは関係ない。
※ 判例
会社法に基づく組織法上の法律行為であるからといって、直ちに民法の規定が制限又は排除されるのではない。制限又は排除されるのは、その趣旨の会社法の特則が存する場合であるとし、「会社法上、株式会社の新設分割について民法424条の適用を否定する明文の特則が存しない上、両制度はそれぞれ要件及び効果も異なる別個の制度であって」、新設分割について、「詐害行為取消権の対象とする必要性が高く」、「新設分割の詐害行為の効果が相対効を有するにとどまり、組織法上の新設分割の効力自体を対世効をもって取り消すものでないことからすると、会社法上、新設分割無効の訴えの制度があるからといって、株式会社の新設分割について詐害行為取消権の規定が妨げられる理由にはならない」
として、被告の主張を採用しませんでした。
また、価格賠償の効力しかないのだから新設分割の効力自体を否定することにはならないも言っています。


なお、判例は、
債務超過にある株式会社(新設分割会社)が、新設分割によって不利益を受ける債権者を全く無視して、一方的に、新設分割によって任意に選択した優良資産や一部債務を新設分割設立会社に承継させ、新設分割会社はその対価の交付を受けるものの、その対価等を考慮したとしても、新設分割によって承継されない新設分割会社の債務の債権者(以下「新設分割会社の残存債権者」という。)が害されるという事案も少なからず存することは当裁判所に顕著である。
とも述べています。こういう悪質事例に対処する実務的要請もあるのでしょう。
また、取り残された債権者が新設分割無効の訴えを提起できるかについては、消極な考えも有力であり、詐害行為取消権の行使を認める必要性は高いとも述べています。
この点は、会社法が悪質事例に対処しきれていないと言う点で、なにがしかの不備があると言わざるを得ません。残存債権者は、手続的にも何も保護されていません。


さて、会社法が残存債権者のことを考えてくれていない原因ですが、被告が「本件会社分割によって、承継させた権利義務の対価として、」新設分割設立会社の「発行する株式全部(400株)の交付を受けており、経済的等価交換の原理によりその財産状況には全く変動がな」いということで、新設分割会社(元からあった方の会社)の残存債権者は、何も不利を被っていないじゃないかという点にあります。


しかし、こんな上場もされていない会社の株式をもっていたところで、何の価値がありましょうや。


この点も、判例は、新設分割会社がその対価として交付を受けた新設分割設立会社の設立時発行株式は、新設分割会社の債権者にとって、「保全、財産評価及び換価などに著しい困難を伴うものであって、その一般財産の共同担保としての価値が毀損され、債権者が自己の有する債権について弁済を受けることがより困難になったといえるから、本件会社分割は同被告の債権者である原告を詐害するものと認めることができる。」


現実的にはまさにそうで、詐害行為取消権が認められなければ、残存債権者は、事実上、債権が回収できなくなっていくのを、債務者が新しく作った会社がのんのんと営業していくのを見ながら手をこまねいていくしかなくなってしまいます。


以上のことから、この判例は基本的に妥当なものであると考えますが、詐害行為取消権しか使えないというのは、やはり違和感があります。また、会社分割の組織法上の効力と全く抵触しないのかと言われるとやや疑問もあります。
今後、債務逃れの手法として利用されていくおそれもあり、本来的には、何らかの立法手当、残存債権者を分割手続に関与させるなどの法策を講じるべきではないでしょうか。


この判例があのころあったらな。